allergy
知らない
判らない
私は ひとりだったから
ずっと ひとり だったから
「あれ?捨てんのかよ、コレ」
薄暗い地下の、研究室。
彼はゴミ箱から、小さなウサギのキーホルダーを不審そうに摘み上げた。
「……そうよ」
「何で?」
フェルトで作られたお粗末なキーホルダー。縫い目は丸見えだし、チェーンの代わりは刺繍糸だ。ウサギの眼と口はマジックで描いてあった。
「歩美から貰ったモンだろ?って、違ったっけ?」
「違わないわ。吉田さんがくれた、手作りキーホルダー」
「なのに捨てんのかよ。そりゃさ、持ってて役に立つモンでもねーだろーけど、こーゆうのはキモチが……」
「放っといて。拾わないでよ、汚いわね」
言いながら背筋が凍りつくような自分の言葉、非情。心を持った人間とはとても思えない。
彼が見つめる。そんな眼で見ないで。軽蔑してる、私を憐れんでるみたいな眼で。
何故?何故そんな眼で見るの?ねぇ、「人間らしい」って何かしら?
「あたし、何か間違ってる?」
「……本気かよ」
「何が?」
「本気で捨てるって言ってんのかよ……ちったあ大切にしようって気はねーのか……!?」
「………………」
「アイツ、あんな一生懸命じゃねーか……なのに、それが判んねーのかよ?オメーとは色々あったけど、やっぱフツーの女のコなんだなって……。初めて会った頃は、なんてオンナだとか思ったりもしたけど、最近は……でも」
「………………」
「……やっぱ非道ぇヤツだったのかよ……」
だって。
だってそんな事言ったって。
「大切……だもの……」
あなたなら判ってくれるかもしれないって思った。
同じだったから。同じだと思ったから。
「大切だから、捨てるのよ」
なのに。なのにどうして?どうしてそんな顔するの?軽蔑、憐憫、憤慨、困惑。
あなたと私は同じじゃない。同じなのは、幼児化したというそれだけの事実。
……そうよ、それすら、元凶は私だったのに。
「大切だから、捨てるの」
それなのに私、ひどい思い違いをしてたみたい。あなたと私は、ちっとも同じなんかじゃなかった……。
「……判んねーよ……」
「あら、名探偵さんでも判らない事があるのね」
「そんなの、矛盾してる」
「世の中は矛盾だらけなものなのよ」
「………………」
「だからもう放っといて、それ」
「……放っとかねぇよ」
一瞬の出来事。
瞬きをする内に、私の身体は彼の腕の中にあった。
そこは、温かかった。怖いくらいに。泣いてしまいそうなほど怖い温かさだった。
「大切な物は捨てるのか」
「……ええ」
「大切だから……?」
「ええ」
「じゃあ、大切な人もかよ」
「………………ええ」
仕様が無いじゃない。
だって私は……知らないんだもの。それ以外の術を、知らない。
失いたくないから。何かを失うのは、もう厭だから。
「……殺すのかもね」
私はどんな顔をしているのだろう。
わらっているのか、泣いているのか。
「きっと……」
放って置いて欲しいのは、キーホルダーではなくて自分。
私に関わらないで。これ以上。お願い……。
「……じゃあ……殺せよ」
私は、ひとりで居るべきだったんだ。
「その後は、オレがお前を殺してやるよ」
「……あたしがあなたを殺しても?」
「ああ」
後悔しても、もう遅い?
あなたが居なければ、私には価値も……意味すらも無い。
「ねぇ、判ってる?これって、告白よ」
「ああ」
「こんなこと言うの、初めてなのよ?」
「わぁってるよ!」
「ウソ、でしょ」
「バレた?へぇ、初めてかぁ……初めての告白ならさ、もっとカワイクすべきだと思うぜ」
「……悪かったわね」
私は知らない。判らない。
だって、ひとりだったから。
ずっとずっと、ひとりで居たから。
「大切なもの……あなたならどうやって扱うのかしら」
「……こうやって」
彼が、私の身体に絡めた腕に力を入れる。
「こーやって。失わないように、絶対離さないように抱き締めとく」
「それって、とても未練がましくて不格好な事じゃない?」
「まーな。でも、カッコなんて構やしねーよ!大切なものを守る為なんだからな」
「守る……」
私も、彼の背に腕を回した。
「……絶対、離さないで」
ふっと、私の頭を霞めた疑問。
知らない
判らない
私は ひとりだったから
ずっと ひとり だったから
捨てる以外の術を持たない私が、どうして大切なものを守れるだろう?
「離さねーよ……死んでもな」