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ぼ く ら の な み だ
. 「ねぇ、これって何か意味があるのかしら」 「……黙って転がせ」 五月の空は晴れわたり、少し暑いくらいの太陽が眩しい。 合宿が終わって間もないというのに、また行事。 帝丹中って、こんなに遊ぶの好きだったっけか? うーん、記憶が曖昧だ。しゃーねーか、あの頃は学校行事なんて、真面目にやってなかったもんな。 「球技大会の開会式だからって、何で大玉転がしなのよ」 「大玉だってボールだろ。球技だ、球技」 「……でもねぇ」 うるせぇ、オレだって疑問に思ってんだ。 「頑張れ赤組〜〜〜〜〜〜!!」 誰かが叫ぶ。体育祭と間違えているのか。 もう一度言うが、今は五月で、秋ではない。したがって、たとえ四色の大玉を転がしても、これは体育祭じゃあない。 球技大会なのである。各クラスごとにバスケ1チーム、残りでバレーのチームを作り、一年生から三年生まで全校バトルを繰り広げるのだ。因みに、公平を保つため、バスケ部の生徒はバレー、バレー部の生徒はバスケに出なくてはならない。しかしこのルール、三年だけは例外なので、大体毎年優勝は三年に決まっているという。ま、おおまかに言うとこんな感じの行事。 けど……。ホントに何だって大玉転がしなんだか……。しかもこれで予選の対戦チームが決まるってんだから、どっかズレてるよな。 「試合、いつ?」 「第四。ちょっと時間あるな」 「オメーら、ウロチョロすんじゃねーぞ。一人でも足りなかったら没収試合になんだからな」 「判ってるって、江戸川」 オレと灰原、そして何の呪いか中学校までも同じクラスの元太、光彦、歩美の5人を含めた合計8人が、オレ達のクラスのバスケチームだ。 割と息の合ったプレーで、なかなかいいんじゃないかとオレは思っていた。 灰原はシュート率がダントツだし、歩美は良く動いてくれる。元太のディフェンスは頼りがいがあり、光彦は頭の良さからかパスをいい所に送る。残りの3人も背が高く、陸上やハンドボール部なんかの生徒で、そこにこのオレが入るんだから、これはひょっとして一年生の優勝が夢じゃないかもしれないな。 「何、ニヤニヤしてんのよ、気味の悪い」 「いや、別に……」 「どーせ、自分が居るからには絶対優勝だ、なんて根拠のない自信でも抱いていたんじゃないの?」 「………………や、まぁ、オレはサッカー専門だからぁ」 あ、溜め息吐きやがった。図星ねって顔だ、あれは。 「どーでもいいけど、よく夢中になれるわよね、こんな遊びに」 「オメーはまたそんな考え方して……深く考えずに、楽しくやりゃあいいじゃねーか」 「こんなの、疲れるだけだわ」 「じゃあ、なんでバレーにしなかったんだよ。バレーの方が疲れねーだろ、動かなくて」 「……焼けるから。バスケなら体育館だもの」 「さいですか……」 女はよく判らない。事あるごとに肌荒れだとか紫外線だとか。 ハッキリ言って、そんな細かいところ、男は見ていない。 「ったく、焼けよーがコゲよーが、土台は変わんねっつの」 「聞こえてるわよ」 「まぁ、つまりアレだ。色が白くても黒くても、灰原は可愛いということだな」 なめてんの?とでも言いたげな目付きで、灰原が睨む。 やっぱり、オレはこいつには敵わないのか……。 「……それにしても、判んないわ」 ぼんやりと二人肩を並べて、自分たちのチームの番まで他の試合を観戦していた時、不意に哀が口を開いた。 突然そんなことを言われても、判らないのはコナンの方である。 「何が?」 「だから、どうしてこんな遊びなんかに夢中になれるのかってことよ。さっきなんて、泣いてる子がいたでしょ」 自分のエラーに責任を感じて泣き出してしまった子。しかしその果ての逆転勝ちに、また涙する。 涙と笑顔。そんな、綺麗なお話の中の出来事みたいな、目の前の景色。 「あたしにはどうしても不可解ね」 なんだか呆れたような、諦めたような口調だ。 どう答えていいか判らないコナンが、曖昧な笑いを作ったので、哀は少し慌てたように付け加えた。 「あ、違うわよ、それが悪いって言ってるんじゃないの。ただ……」 そう言ってから少し口ごもり、俯いて、 「悲しい時や苦しい時なら判るけど、他の感情で涙が出るなんて、よく……判らないのよ」 だって哀にとって、それは事実なのだ。 だから、違和感を感じる。自分がここに居ることに。 「嬉し泣き、っていうのはまだ判らなくも無いけど……それはまた違うじゃない。何かに必死になって、それで泣くなんて」 そういうのを見ていると、冷めたような、少し、変な気持ちになる。 もやもやとして、嫌いなのに、どこか眼を逸らせない……。 そんな気持ちに、哀はなるのだ。 「でもなぁ……。どっかで割り切って楽しまなきゃ、ソンなんだぜ?物事を純粋に楽しんでれば、判ってくるさ」 「そんな事、言われてもね」 大勢で騒ぐことは嫌いじゃないし、昔は苦手意識があったのも確かだが、それも今ではだいぶ和らいでいた。 だけど、完全には溶け込めない。どうしても、判らない。 「……判らないの」 ま、羨ましいって言うか。ぼんやりした頭で、哀は、あたかもどうでもよさそうに呟いていた。 「どうしてあたしが……」 さっきからこればかり言っている。 コナンはいい加減うんざりしたように、溜め息をついた。 「しゃーねーだろ?足くじいてメンバーが一人減っちまったんだから……交代は認められてるんだし、誰かが穴埋めねーと」 「それがどうしてあたしなのよ」 「戦力的にお前が一番適切なんだよ。相手はなかなかの強豪だ、点をしっかり取ってくのが良策だぜ」 「あなたの素人判断でしょ?ただでさえ前半戦で疲れてるのに……はぁ、もうダメ、疲れたわ。一歩も動きたくない」 「ったく、オメーは……。ホラ、後半始まるぞ。たまには動かねーと、最近太ったんじゃねーの?」 放っといて頂戴、としかめっ面をして、哀はコートに入っていった。 「ったく……同じ事をいつまでもぶちぶちと……」 コナンが小さく悪態をついた時、わっと歓声が上がった。哀がシュートを決めたのだ。 「文句言う割りには、うまいんだよなぁ……」 その通り、哀はなかなかチームの中でも目立ってうまい方だったのである。これはコナンにとって意外だった。 小学生をやっていた頃は、哀はしょっちゅう体育を見学していたし、どちらかといえば運動は苦手だというイメージが付いていたのだ。 なのに、哀はそれをあっさり覆し、何度もシュートを決めて、ついにはチームを決勝まで引っ張ってきてしまった。 そう、これは決勝戦なのである。 (……でも確かに、体力は無ぇよな……) さっきからずっとゴール付近にとどまって、攻めには回っていない。明らかにバテている哀を見ながら、コナンは苦笑した。 と、同時に笛の音が響き渡る。試合終了の合図。 「フリースローだ!」 誰かが叫んだ。 8対8の同点。 優勝を賭けた、フリースローだ。 コナンは思わず、口に出していた。 「マジかよ……」 それぞれのチームで、比較的シュート率の良い5人がコートに入っている。哀とコナンの姿もあった。 相手の先攻で始まったフリースローだが、すでに4人目、まだ決めた者はいない。 次はいよいよコナンの番である。 「……なぁ、コレ、足でやっちゃダメかな」 「確実に痛いと思うけどね」 結果は、コナンも失敗。強すぎて、跳ね返ってしまった。相手方は喜んでいる。 「チッ、人の不幸を喜ぶなんて、性格悪いぜ」 「それはちょっと違うんじゃないかしら……」 次々にシュートを外していった中、相手チームの5人目が、最後の最後で決めた。 しかし、一瞬湧き立ったメンバー達も、またすぐ沈黙に戻る。 哀が、本当に最後の一人だ。 (……何だか、ひょっとして、すごく責任のある立場なんじゃ……) 今頃我に返って、哀は額の汗を拭った。 これを決めて、サドンデスに持ち込む。そうすれば、優勝への望みを繋ぐことができるのだ。 (まったく……こんな遊びに必死になるなんて、みんなどうかしてるわよね) 色々な人間が、色々な顔付きで、哀に注目している。 コナンまでもが、見守るように、祈るように哀を見ていた。 急に緊張が押し寄せてくる。自分が、まさかこんなことで汗をかくなんて。 のまれる前に、打たなければ。 (ホント、どうかしてるわ。工藤君も……) 狙いを定めて、一思いに放つ。 (私も……) ボールは、ゴールのリングに沿って転がった。 そして、外側に落ちた。 喜び、飛び上がる相手チームの横で、コナン達のクラスのメンバーは苦い顔を並べていた。 「……でも、しょうがないよな。みんな頑張ったじゃん」 一人が口を開く。それをきっかけに、他のメンバーも口々に喋りだした。 「惜しかったよねっ」 「あと一点、決めてればなぁ!」 「もっと守るべきでしたね」 歩美達も、正直な感想を述べ合う。 そんな中、哀だけはじっとゴールを睨んでいたが、そのままひとり、体育館の外へと出て行ってしまった。 気付いたコナンが、慌てて後を追う。 「おい、すげぇ点取ってたじゃねーか、文句たれてた割りにはさ」 「…………………」 「まぁ、オレもお前にはちょっと無理させちまったし、最後は惜しかっ……灰原?」 比較的明るく接していたコナンだったが、ふと、何かに気づいて哀の顔を覗き込んだ。 「お前、泣いてんの?」 「え?」 言われて、頬に手をやる。 頬は、僅かだが確かに濡れていた。 温かい、涙。 「あ……あら?変ね……」 そんなつもり、全然無いのに、と不思議そうに指先で涙を払う。 そして不意にコナンが自分を見ていることを思い出して、ちょっと焦ったように言った。 「あそこであたしが決めていれば……そう思ったら、何だか……。ほ、ほんとに変だわ、あたし……あの、だからっ」 「それは悔し涙ってんだよ」 ぽかんとする哀を横目で見て、コナンが悪戯っぽく笑う。 「珍しーじゃねーか、動揺するなんて」 「ほっといてよ……」 「ちょっと可愛いぞ?」 「……!?なっ……」 何を言うのよ、と言いかけた哀の唇を、そっと人差し指でふさぐ。 「いーもんだろ、戦って流す涙ってのも」 「……あたし、どっちかといえば、勝負には勝ちたい方なの」 おまえらしーや、と呟いて、コナンは空を仰いだ。 つられて、哀も見上げて、そして思う。 何かに必死になって、流れた涙。 そういえば、私は逃げていた。昔から逃げてばかりだった。 何かに必死になること。自分の力を出し切って、ぶつかることから。 それはとても怖いこと。だってそれが報われなかったとしたら? 報われなかったら、全て失いそうで。 そういう、場所にかつて居たから。 だけど。 頬に雨粒が落ちた。 さっきまで晴れていたのに、夕立でも来たのだろうか。 まだ雨足は強くなく、ぱらぱらと降る雨が、火照った体に心地良かった。 「勝ちたい方だけれど……」 でもまぁ、と哀は続ける。 自然と微笑みがこぼれた。 「悪くは、ないわね」 . |