どうこく

  痛くない。痛くなんかない。

  色んなものを失い過ぎた。

  もう何も感じない。

  私はずっと空っぽなまま。









 空が青すぎる。
 あなたが振り返った。
 ねぇ……。
 呼びかけたい衝動に駆られて。
 ねぇ、ずっと一緒に居たいのよ……。
 声にならなくて。
 
 何度置き去りにしても、その度この手に還ってくる。
 捨てきれなかったり。あなたが拾ったり。
 

「あたしには、死ぬ勇気も無い」
「でも生きる勇気があるだろ」

 
 あと少し、この小さな指ひとつまみの勇気があれば、死ねるんだと思った。
 けれどあなたは、それをあっさり否定する。
 こころがもっと強かったなら、死ねたんだと思った。
 なのにあなたは、それを。


「死ぬことより生きることのほうが辛いに決まってる。死ぬのは強さじゃない、弱さだ」


 じゃあ。
 こころがもっと弱かったら、死ねるのかしら?
 あとちょっとだけ意気地なしだったなら、私は死ねるかしら?
 

 ね。私は……「良い行い」なんて、ひとつもしてない。地獄行きのお人形でしょ。
 勝手に誰かの意思で作られて、誰からも愛される事無く、気が付いたら真っ黒に汚れてて。
 いつのまにか、道路の脇、電柱の陰の細い溝に居たの。
 誰かに抱き上げられる事は無いけれど、炎に焼かれる事も無い。
 死ねない。
 ホントは抱き上げて……頬ずりして。
 地獄にさえ行けない。
 ねぇ、誰か……流れた涙の痕を見て。
 ほら……そこだけが、弧を描いて頬の汚れを洗い落としてる。
 

「おまえは、オレの命を救ったんだよ」
「……そんな記憶、無いわ」
「救ったさ」


 厭。否定して。私を肯定しないで。
 そんなの、かなしいだけなのよ。
 認めてもらいたくなんか、ない。
 だって、認めてもらいたくて、私が生きてる事を赦して欲しくて。
 その為だったら何だってした。
 その結果がこれよ。笑っちゃうわ。
 空が青すぎる。
 でも、もう止めた。そういうのは疲れた。
 空が青すぎる。
 認めて欲しかった。居場所が欲しかった。私を赦して……。
 そういうのは、疲れた。
 

「あなた、何も判ってないのね」
「だから、判りたい。中途半端に判ったつもりになる気はないんだ」
「判らないわよ、あなたには」

      

 あなたの眸に映らなければ良かった。
 出逢わなければ良かった。
 生きていなければ良かった。
 そうすれば、何も知らないまま居られた。
 その方が良かった……そう思えたら。


「でも、寂しさは半分になる。……そうだろ?」


 空が青かった。
 あなたが振り返って……。


「オレはおまえじゃねーから。おまえの痛みを全て理解する事はできねぇ……けど」


 振り返って……。


「そうそう無意味なモンでもないと思うぜ?おまえにとってのオレの存在……少なくともオレは……」


 そこには、私が居て――――――。


「おまえが居てくれて良かった」


 空が、青すぎる。だから。
 何も感じないまま。何も感じないままで。あなた以外の何も。
 空っぽなこころに、あなた以外の何ものも。
 

 何か言いたくて、でも言えなかった。
 その代わりに、笑う。それが、あなたへの答え。
 あなたの手を取る。それが、あなたへの答えのように。
 

 色んなものを失った。だけど、手に入れたものもあるのね。


 空が青すぎる。
 あなたが微笑んだ。
 ねぇ……。
 呼びかけたい衝動に駆られて。
 ねぇ、ずっと一緒に……。
 

 声にならなくて、ただ力一杯、手を握り締めた。