encounter

 

 部屋は薄暗く、煙草の煙が充満していた。
 それは、誰から見てもひどく閉鎖的な世界に見えただろう。

「それにしても、だ」

 髪の長い、長身の男が煙草を置く。

「今回考案された薬……あれは凄い」
「珍しいですね、兄貴が感心するなんて」

 もう一人の男が、彼を兄貴と呼んだ。

「誰だ?」
「シェリーです。なんでも両親の研究を継いだとか継がされたとか……確かもう、アメリカからこっちへ戻ってる筈ですけど」

 主語が省かれた問いにも、戸惑う事無く答える。
 兄貴と呼ばれた男は、暫らく記憶を探っていた様だが、

「……ああ、シェリー……あのガキか。十六か……七、八だったな、書類では」
「まだ会ってないんですかい?」
「どうせ、嫌でも会うさ……あの研究チームはオレの配下に入るらしいからな」

 新人の顔合わせなど、これから山の様に待っている。彼は少々うんざりしながら、置いた煙草を取った。
 しかし、彼はこの後、意外な場所で彼女……シェリーと遭遇する事になるのだった。









「――話は聞いてるだろう。オレがジンだ。宜しくな……」

 社交事例と差し出した彼……ジンの手を、彼女は軽く一瞥すると一言、

「……ええ」
「……フン、随分なご挨拶だ」

 ジンは別に、直接ここに用がある訳ではなかった。組織のブラックリストの一人が居ると情報が入り、上から偵察を頼まれたのだ。そして偶然にも書類で目にした姿を見つけ、声を掛けたのだった。

「あら、Simple is best よ。あたし、必要以上の事は喋らないの」

 シェリーは厭世的な笑みを浮かべ、流暢な英語をわざわざ交えてキッパリと言い切る。
 そしてその笑みすら消し、今度は目一杯、嫌悪感露わな表情をして続けた。

「大体ね。あたしが何しにここへ来てると思うの?」
「歌でも歌うのか?」
「面白くないわよ。あたしはね、昼食を取りに来てるのよ。こんな時まで仕事の話しないでくれるかしら?」
「ハンバーガーショップで昼メシとはまた、大層なご身分だな」
「それはどうも。どこかのケチな組織サンのお蔭で、一人暮しさせられてるあたしにはこれが精一杯なのよ」

 必要以上の事は喋らないわりには、言い返さないと気が済まない性分のようである。
 いや、そんな事より、これから自分の上に立つ事になる人物にと互角に遣り合うとは……。
 珍しく、ジンに自然と笑みが零れた。

「フ……なら、場所を変えるか……」
「え?」
「来な……」

 少々面食らっている気の強い少女を、ジンは半ば強引に店から連れ出した。








「高そうね。勿論、おごりでしょ」

 連れて行かれた先のレストラン内で、シェリーはあたりを見回して言った。
 10代の少女一人暮しでは、あまりお目に掛かれないような所だ。

「ここに居る人間は、関係者ばっかりさ……客も、コックもな」

 ジンはそれには答えず、そう言って続けた。

「いいか……今後一切、公の場で組織の事を口にするんじゃねぇ」
「………………」

 鋭い、冷たい眼。流石の彼女も、顔色を失くして黙り込む、それほどの。

「判ったのか、判らねぇのか?」
「O.K、判ったわ……イエスよ」

 今までのからかい半分とは打って変わった態度に、少女は気圧されながらも平静を装って答えた。
 急な緊張の為か咽喉に渇きを覚え、側にあるグラスに手を伸ばして、

「……!な、によコレ!」
「酒だろ」
「それは判るわよ!」
「なんだ、飲めねぇのか」
「失礼ね、知らずに飲んだから驚いただけよ……!飲めるわ」

 咽返りながら、やたら強気なシェリー。しかし、飲めるというのは嘘でないらしく、今度は咳き込む事なくグラスに口を付けた。

「これ、何?」
「だから酒だろ」
「そうじゃなくて……」
「シェリーだ」
「……ふぅん、見かけによらず寒い事するのね……」
「黙って食え……冷めるぜ」
「あ、ねぇ、あたし、まだ未成年よ」

 ジンは手を止めて彼女に眼をやった。
 こんな大きな犯罪組織に身を置いて今更、未成年の飲酒?

「……面白ぇ女だな」
「誉め言葉として受け取っておくわ」

 やはり一歩も譲る気は無い様であった。








 食事を済ませて、二人は特に宛ても無くブラついていた。
 シェリーはさっきから、鼻歌など口ずさんでいる。

「妙に機嫌が良くなったんじゃねぇか」
「そりゃあ、高いお店でご馳走してもらったもの。美味しかったわよ、ありがと」

 彼女はやけに素直に言うと、少し微笑んだ。

「楽しかったか?」
「別に?」

 やっぱり可愛げには欠けていた。

「でも、落ちつけたわ、久し振りに」

 ふと、空を見上げてひとり言のように呟く。安らいでいる様だが、諦めにも似た表情。

「油断してると、死ぬぜ」

 ジンの一言に、シェリーはびくん、と身体を震わせた。

「冗談じゃないさ。此処はそういう所だからな」
「判るわ。周りを見てればね」

 答える声が険しかった。初めて、眼に見えて動揺している。

「両親の事、言ってんのか……」
「他人の事に興味はないわ。まして、顔すら知らない人達になんて」

 吐き捨てる様に言う。

「結局、自分を守れるのは自分自身だけだし」

 冷たい眼でそう続けた彼女を、視界の端に映して、ジンは呟いた。

「利口な考えだ……心配するな、お前ならやっていけるさ」
 





「そろそろ、帰るわね」

 暫らく経って、シェリーが言った。空にはもう星が輝いている。

「送ってってやろーか」
「結構よ」
「オレはなかなか楽しめたぜ。ヘンな女と飲めてな」
「あら、あたしはもうゴメンだわ、こんなデート。それじゃ」

 言い残して、さっさと踵を返す。
 名残惜しさも未練も無く、彼女は夜の街へと消えていった。

「……フン、デートねぇ……」

 後に残ったジンは、煙草を取り出して火を点けながら、呟く。

「そう来たか……」

 またすぐに会うであろう少女の、後姿を思い出しながら……。

 

 

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