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フレグランス

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 硝子越しに午後の陽気。
 外は冬。
 だけどここは温かい。
 普段ならこんな時間、部屋に居ることはあまりない。
 外は冬、吐く息も白く。
 ちゃんとマフラーをして帰っただろうか、などと無意味な心配。
 どうせあいつのことだから、雪でも降り出そうもんなら、マフラーなんか振り回してはしゃぐんだろう。

『ニッポンの冬は、あったかいヨネ』

 頬っぺたをりんごみたいにして現れた、あいつの第一声。
 まったく、この寒いのにどんな神経をしてるんだか。
 殺伐とした部屋でたった一人、そんな事を考えた。
 この部屋は暖かい。一人でも。
 何故だか、判らないが。
 一人なのに、一人じゃない。
 そんな気がする、暖かさ。
 多分、差し込む陽差しのせいだろう。
 まどろむ、心地良くて。
 それは、ほんの一瞬だけだったが。

「カァイ!!」
「………………何だ」
「鍵、かけないなんて不用心ダヨ?」
「それを言いにわざわざ戻って来たのか」

 静かに流れていた時間をぶち壊し、騒がしく乱入して来たのは、つい十数分前にこの部屋から出て行った人物だった。
 そこに居ると思えば迷子になって居なくなり、家に帰って居なくなったと思ったらこれだ。

「No!ボクだって、そーこまでヒマじゃないネ」
「なら、どうしてまっすぐ家に帰らず、また此処へ舞い戻ったんだ」
「Mm... you know..., ナンデ出戻ったかっていうとネ?」
「"舞い戻った"だ」
「Oh, それそれ!そのワケは……」

 言葉を探しているようだった。落ち着きなく、それでも伝えようとする。
 右手に持ったマフラーを小さく上下させながら、やや興奮気味に。

「忘れモノしたカラ!」
「威張るな」
「イバってなんかナイヨ!」
「じゃあ満面の笑みで言うな」
「ダッテ……」

 マックスはしゅんと俯いた。そんな顔をされると弱い。何だか焦りのような、罪悪感のような、もどかしさ。

「……で?忘れ物を取りに来たんだろう」
「Yeah, あのネ!」

 堪らなくなって続きを促すと、途端にパッと光りが差す。
 何て単純なんだとぼんやり思う俺の傍で、マックスは得意げに言い放った。

「ユキ!降ってるヨ、カァイ!」

 その言葉に一瞬固まる。

「………………何?」
「ユキ!Snow!降ってるんだ今!カイに教えたくて、それで戻って来たノ!」
「それが……」
「それが忘れモノ!」

 突然、ふと的外れなことを思い出した。
 一人なのに、一人じゃない。
 あの不思議な感覚。
 その正体。

「……なら忘れ物などと遠まわしに言わず、最初っから雪だと言え」
「ダッテ、初めからそう言ったら、カイ、呆れると思っテ」
「同じだ、バカが」

 帰ってもなお、残る温かさ。
 それは陽差しのせいじゃなくて。

「……もうひとつ、忘れてるものがあるんじゃないのか」
「What?」

 それはこの部屋に訪れた者の。

「まぁ……いい」
「?」
「忘れたままで、いい」

 マックスは、何の事を言ってるのかと言いたげな瞳で俺を見つめ返した。
 けれど、生憎だが教えてやる気はまったくない。
 忘れたまま、この部屋に置いていけ。

「さぁ、雪を見に行くんだろ」

 お前の、その匂いだけは。

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