Kitty
「最近、休みに会えないね。何してるの?」
「猫、拾ったんだ」
今日も僕は家へ急ぐ。
「ただいま」
君は何も言わない。猫は喋らないんだ。その代わり、時々か細い声でなく。
「寂しかったか?お腹、空いた?」
キャットフードなんて、面倒なものは買わない。僕の食事を分けてやる。
夜は寒くないように、布団に入れてあげる。
君は、小さな身体をもっと縮めて自分を抱き締めるようにして眠る。
僕はそんな君にそっと触れる。
君からは僕に触れようとはしない。僕はそれが少しだけ不満だ。
時々、すがるような眼で僕を見るね。
僕の猫。何処にも行かないで。
「今週も会えないの?」
「猫が寂しがるからさ……しゃーねーんだ」
同じような毎日だけを望んでいた。
夜毎、君は僕の腕の中で眠りに就き、朝、目醒めてはじゃれ合う。
幸せだろう。
もう独りは厭だ。
もう捨て猫は厭だ。
もう昔みたいにはなりたくないだろう。
君も僕も。
「別れようか」
「なんで……?」
「あなたは誰も愛してない……あの日からずっと……あの子がこの街を出て行ったあの日からずっと」
その日いちにちは、ずっとぼうっとしたまま過ごした。
僕がひとりになりたい時、猫である君は姿を消す。
そして隣に君がいなかった事に気付く時には、もう僕の横に居て、悲しそうに僕を見ている。
「カノジョに言われたよ、オレは誰も愛してないって」
------あたしはあなたと疵付くことしか出来ないから------
「あいつが居なくなった、あの日から」
------あたしじゃ、幸せになれないから------
それは美しい想い出。大切な人。
あいつが去って、僕は独り。でも君が来てくれた。猫でもいい。
まるであいつが帰って来たみたいだったよ。
君がなく。小さな声で。僕に何か云いたいのだろうか。
ドアチャイムが鳴った。
「なんだ、おまえか……」
「あの……さっきはあんな言い方して、ごめんね……私、嫉妬してたの……」
「……気にすんなよ」
ふいに彼女が驚いたような顔をした。その眼は僕を通り越してその先を見ている。
「……ねぇ……あれ……」
「ん、ああ……あれだよ、拾った猫……」
「………………猫?」
「そう……あれ?何猫だったっけ……雑種かな……」
「……そ……それじゃ、私、帰るね……また、明日」
「なぁ、最近訊かねーんだな、いつ会えるって」
「だって、私達、別れたんだよ」
「そーいえばそうか……」
そして考える。
何が変わったのだろう。
彼女と別れる前と、別れた後。
何か変わったのだろうか。
あいつが居なくなった後、全ては意味を無くした。
「今日も猫の世話?」
「まぁな」
「早く帰ってあげなよ。猫、居ないかもしれないよ」
何故、彼女はそんなことを言ったのだろう。
言い知れぬ不安を胸に帰ると、君はいつも通り其処に居た。
「ったく……変な事言いやがって」
居なくなるわけが無い。
君はずっと傍に居てくれるだろう。
もう二度とは離れたりしない。
また、彼女が尋ねてきた。
その日は何だか厭な予感がしていた。
僕は、君が傍に居るのを確認して玄関へ向かう。
「何か用か?わざわざ家まで来るなんて……」
「……今日も猫の世話なの」
「……放っとけよ」
「いい加減、目を醒ましたら?」
危険信号が鳴り響いた。
「猫なんか、どこにも居ないんだよ」
緊急事態発生だ。
「蘭……」
「新一が"拾った"のは猫なんかじゃない……人間の女の子」
守っていたものが、壊れる。
「女の子って……誰だよ」
「あの子でしょ?昔以上に大人びてるけど、あの顔は間違いなくあの子じゃない……」
「違うあれは……猫だ。一ヶ月くらい前、オレん家の前に居た……」
「ううん違わない。気付いてるんでしょう、あれは新一の愛した女の子だよ」
「違う……!だってあいつはもう、何年も前に居なくなったじゃないか!オレを置いて、居なくなったじゃないか!!」
「工藤君」
背後から声がした。懐かしい声だ。
君は何も言わない。猫は喋らないんだ。その代わり、時々か細い声でなくだけ。
「工藤君……」
同じような毎日を望んでいた。もう昔みたいにはなりたくないから。
「あたしは、此処に居るのよ……」
繰り返したくなかった。もう繰り返すのは厭だった。また失うのは厭だった。
だから僕は猫を拾った……。
あの時、あの場所に居たのは猫じゃなかった。あいつは帰って来た。あの時確かに帰って来た。
そうだ、あいつはずっと傍に居たのに。本当は気付いていたのに。
僕が毎晩、そっと抱き締めてたのは……、
「灰原……」
「……ただいま、工藤君」