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|||||||||共鳴|||||||||

 星も月も出ていない。
 闇夜の曇り空は、海に似ている。
 黒く濁った空を仰いで、葉は思った。
 静かで、波一つなく、けれどよく見るとその水面は常に細かく震えているのだ。
 隙あらば全てを飲み込もうとしているのか、それとも全てを包み込んでくれるのか。
 優しく、畏るるに足る、その力。

「星が眠っている」

 不意に声が降ってきた。
 遠い昔、生まれる前から知っていた、その声。

「かえって血が騒ぐよ、こんな夜は」

 闇色に染まったマントを震わせて。

「そう思わないか、葉?」
「……ハオ」

 思わず、睨みつけていた。
 阿弥陀丸は黙ってはいるが、気付いているのだろう、位牌からは張り詰めた気配が漂っている。

「オイラに何の用だ?」
「……怖い顔をするね」

 呆れたような、口調。

「まぁ、当然か。君の使命は僕の抹殺、だもんな。そうだろ?」

 頷くことはできなかった。
 そんな葉の迷いを嘲るかのように、口元に浮かべた薄い笑み。
 真意の見えない、ハオの言葉。

「なら、殺せよ」

 その瞬間、葉は凍り付いた。
 心の奥、魂の一番深いところを、凍てつくような冷たさが貫いていったのだ。

「どうした?僕はこんなに近くに居るんだ。何を躊躇うことがある」

 殺せ。
 殺せよ。
 殺せないのか?
 兄だから?
 血を分けた、双子の兄弟だから?
 違う。
 そんなことは、何の意味も無い。
 ただ、魂だけが、引き裂かれたように悲鳴をあげている。
 身体を分け合おうと。たとえ魂さえも分かち合ったとしたって。
 二人の人間は、ひとつのものでは、ない。
 なのに。
 それなのに何故、こんなにも確信が持てない?
 自分の使命を果たすという、確かな決意が何故、持てない?
 引き合おうとする二つの魂。
 それに抗うことに、何故違和感を感じてしまう?
 いっそ、ひとつに還ることが出来たら。

「今なら、僕がスピリット・オブ・ファイアをイメージするより早く攻撃を仕掛けるのも可能……」

 ハオが一歩近づくごとに、ブロックと小石のぶつかる音が、コツンと響く。
 葉は明らかに狼狽えていた。
 「ハオを倒す」。
 その言葉に戸惑っていた。
 己が宿命を聞かされた時から、ずっと。
 戸惑っていたのだ。
 しかしそれは、その、自らが背負うものの重さにではなかった。

「さぁ」

 そう、それはむしろ、麻倉葉王。
 彼の居る、闇に。
 自分とどこか似ている、けれど計り知ることの出来ない、暗闇に。
 その闇の重さに沈んだハオの心が、声にならない叫びをあげているような、そんな気がしてならなかった。

「フ……呪われた麻倉の運命、か。僕にしてみれば、これほど素晴らしい巡り会わせは無いのだけどね」

 ハオの指が、葉の頬に触れる。
 その指先は意外なほどに温かくて、その中にある確かな命を思い知らされた。

「葉」

 魂が叫ぶ。
 悲鳴をあげる。
 共鳴しているのだ。

「君には、僕は殺せない」

 そう言って真正面を睨みつけたかと思うと、ハオは突然、マントを翻して背を向けた。
 見透かすような、瞳。
 けれど本当は、何も映してなどいないのだ。
 何もかもを見てきた。
 色んなものを見過ぎてしまった。

「ハオ」

 殺さないで。

「お前は……もう、ひとりきりじゃねぇ」
「………………」

 たったひとりで、堕ちていった男。
 そして、生まれ変わっても尚、ひとりだった。
 けれど今は。
 葉は、ハオの背中に向かって問い掛けた。
 自分と同じ背格好の、後ろ姿。

「それだけじゃ、ダメなんか」

 その問いに、ハオは答えなかった。
 振り向きもしなかった。
 ただ、彼の去った後には、冷たい静けさだけが残った。
 ハオの残り香のような、静寂。
 葉は、成す術もなく、たたずんでいた。
 何故。
 だって、あの時、確かに温かかった。
 温かかったのに。
 魂さえも弄ぶ、ハオの指先。
 でもそれは、あまりにも細く、か弱くて。
 誰が、その手を握り締めてやろうとした?
 今まで、誰か一人でも、彼を救おうとした人間が居たのだろうか。
 たった一人でも、居たのだろうか。
 殺して、殺して、そしてまた殺すのか。
 このまま繰り返していくだけなのか。
 小さな星の光。
 それすら見えない空の海。
 圧倒的な寂しさに飲まれ、立ち尽くした葉の頬を涙が伝う。

「ダメ、なんか……」

 そこは、さながらハオの見る夢の中のようだった。

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