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生徒会室

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 全てが、謀られたみたいだった。
 あの時あんな風が吹かなければ、こうはならなかっただろうし。
 もし私が夕方から見たい番組があるのを思い出していたら、それこそ私は今ここに居なかっただろう。
 私の右手首を掴んで引き寄せた方法は、少し強引だ、と思った。









 その日の放課後、私はチェックしていたテレビ欄のことなんてすっかり忘れ、教師に頼まれた用で生徒会室の扉を開けた。
 急ぐわけではなかったが、出来ることは早め早めに済ませておきたい性分なのだ。
 まだ夕陽にはなりきれていない太陽の西日で、一瞬目が眩む。
 入用の資料を手に教室を出ようと思った時、ふと運動部の練習する声が耳に入った。
 特に理由も無く、自然と足が窓の方へ向かう。
 開けっ放しの窓の外から、ユニフォームからしてサッカー部だろう、部員達がグラウンドを走る姿が見えた。
 体を動かすことは嫌いではないが、何となく部活には入っていない。
 集団で行動することに、未だ少しの抵抗があるのかもしれない。
 生徒会委員に推薦され選ばれた時は、正直少し考えた。
 自分からそういうことに積極的になったことは、あまりなかった。
 でも、同じく推薦で選ばれた工藤君が、何とかなるからやってみろと言って、私の気持ちは簡単に決まってしまったのだ。

「なーに一人でニヤついてんだよ」

 突然後ろから声を掛けられ、跳びあがる。
 小さな思い出を廻らせているうちに、少し笑っていたらしい。
 普段ならちょっと気まずく思うところだが、そんなことを気にする余裕もないほど驚いた。

「すっげぇ、今の!10センチくらい跳んだんじゃねーのか!?」
「い、いつから居たのよ!?脅かさないでよね……!」
「最初っから居たよ。オメーが入ってきたのも知ってるぜ」

 陽射しがあまりにも眩しくて、私は彼の存在に気付かなかったのだ。

「じゃあ声掛けてくれればいいじゃない、心臓が止まるかと思ったわよ!」
「だってオメーがちっともオレに気付かないから……ショックで声が出なかったんだよ」
「はぁ?」
「うそうそ、何か声掛けづらくってさ」
「まったく……」
「で、何見て笑ってたんだ?なんか嬉しそうだったけど」
「あら、嬉しそうに見えた?」
「……部活?まさかサッカー部に好きなやつでもいて、そいつのこと見てたとか?」
「バカバカしい」
「なぁなぁ、どうなんだよ!否定しねーってことは、そーなのか!?」
「だったら面白いわね」
「オレは面白くねぇ!」

 聞き返す間もなく、いたずらな突風が私達を襲った。
 カーテンがひるがえって、私と彼の身体を包む。
 瞬間、私達が世界から隔離された、小さな空間に居るみたいな気がした。
 そこにはちゃんと、空もある。
 風も吹いている。
 彼も居る。
 風がやんで、カーテンが私と彼にまとわりつくようにして静かになった。
 さあ、窓を閉めなくちゃ。窓を閉めて、鍵をかけて、家に帰らなくちゃ。
 頭ではそう思うのに、体が動かない。
 見つめ合ったまま、動けない。

「……何で、じっとしてんだよ?」

 彼が、口を開いた。

「……あなたこそ」
「オレはお前が動こうとしないから」
「あたしだって、あなたに釣られて……」
「オレは、お前の傍に居たいから」
「………………」
「そういう意味なんだけど」

 そう言って、私の右手をとる。
 あっと思った時には、私の身体は一歩前へ……彼の方へ、引き寄せられていた。
 咄嗟に眼を閉じて、何も見えず。
 頭は真っ白で、何も考えられず。
 何も聴こえず。
 掴まれた右手と、押し付けられた唇だけ、やけに熱かった。











 さっきの強い力とは逆で、そっと壊れ物を扱うみたいに、彼は私を離した。
 閉ざされていた色んな感覚が、だんだんと戻ってくる。
 外の声がさっきよりも大きく聴こえて、見られたわけでもないのに何だか恥ずかしくなった。
 自分の悪さが親にばれないように祈る子供の気持ちって、こんな風だろうか。
 どきどき、している。

 放課後の生徒会室。

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