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過 ぎ て ゆ く 時 間
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最近上手く人と話せない。気が張っているのか気を張れないのか分からないけれど、突然周りが白んで見えたり、ふと泣き出しそうになってしまったりする。まるで悪いことが起きる前のように、心がざわつく。気がつくと何をしたか覚えていない・・・。

 

MDプレーヤーのスイッチを入れると、少し小さめの音で曲が流れてきた。うるさくない感じと、少し悲しいメロディーと歌詞の曲。うろ覚えの詞を呟いてみる。

「“time goes by”・・・・・・」

(また、なのね)

気が滅入るたびに聴いている曲。普段ほとんど使うことの無いMDプレーヤーにいつも入っているこのディスク。ふさぎ込んでいると気付かずに聴き、(また暗くなっている)と気付き、また落ち込む。

 “信じあえる喜びも 傷つけ合う悲しさも”

黒い闇のような「悲しさ」ではなく、雨の日にふと何かを思い出してしまうような「哀しさ」を感じる。気分のいい朝などには、かえって聴きたくないと思える曲だ。

 曲が終わり、はじめに戻った。哀はのろのろと立ち上がり、窓を開けた。風は無いが、季節の変わり目の雨がしとしとと降っている。レースのカーテンを横にどけ、外に手を伸ばす。冷たい雨が、外へ乗り出した髪や肩を濡らしていく。

 「“過ぎた日に背をむけずに”・・・・・・」

ふと思った。

 (わたしが恐いのは過去かしら、未来かしら)

 過去は組織だ。闇の中で、孤独だった記憶しかない。そして、ジンに殺された姉。楽しいことなど何一つ無かったあの頃に「背を向けない」のは、恐い。

 (でも・・・未来は・・・?)

 未来は、想像できないのだ。完成させなければならない解毒剤、やめるわけには行かない子供の生活。もしかしたら、数年、数十年先まで続いているかも知れないのだ。あるいは、一ヶ月先には終わっているかも知れない。そしてもし今の生活が終わったら、自分はどうすればいいんだろう・・・。哀は、それを考えるのが恐いのだ。

 ぼんやりと考えながら外に乗り出していた体を戻し、そのまま床に横たわった。窓から雨が入ってきて、さらに哀の身体を濡らす。繰り返し流れる「Time goes by」を聴きながら、哀は目を閉じた。

 

 

突然音の向こうから声がした。

「おい灰原!何してんだ?」

肩をゆすられて瞼を開くと、コナンがいた。

「・・・・・・・・・・・」

「こんな場所で寝てると、風邪ひくぞ?」

 コナンは言いながらばたんと窓を閉じて、カーテンをひいた。

「・・・・・・」

黙っていたら、おもむろに手が伸びてきてつけたままだったイヤホンを取られた。

「髪びしょ濡れだぞ?何してたんだよお前」

 髪だけでなく、周りの床もかなり濡れていた。

「・・・何か、しに来たの・・・・・・?」

あまりはっきりしない頭で、つぶやいたのはそんな言葉だった。

「は?」

「何か用?」

胸ポケットからMDプレーヤーを出してイヤホンを持ったままのコナンにあずけると、哀はタオルを出してきて髪を拭きはじめた。

「なんか灰原らしい曲だな」

イヤホンをつけて、まだ再生していた曲を聴きながら言うコナン。無言で今度は床を拭いている哀。両者何も言わず、黙ったまま数分が過ぎた。だんだん気まずくなって来たコナンが口を開きかけたそのとき、階下から阿笠博士の大声が沈黙をやぶった。

「何し取るんじゃ二人とも!早く降りて来んと冷めるぞー!」

何事かと哀がコナンを見上げると、苦笑いを返された。

「いけね、夕飯だって呼んでくるように言われてたんだった」

MDプレーヤーを机の上に置き、コナンは哀を立たせた。

「あの曲・・・今までずっと聴いてたのか?」

階段を降りながら言うコナンに、哀は答えた。

 

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「今じゃないわ」

 

あなたがいるなら、未来は恐くないのに。

 

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