●  。。。

  。。。

強い手と長い睫毛

  。。。

  。。。

 泣き声で目が覚めた。
 何か夢を見ていた気がするのに、思い出せない。
 月明かりが部屋を薄く照らす。
 どこからか吹き込む風が、汗ばんだ肌に心地良かった。
 ぼんやりと青い、輪郭。
 いっそまったくの暗闇ならば、どんなにか気が楽だろう。
 だが、完全なる光が存在しないように、完全なる闇もまた存在しないのだ。
 いつだって不安定な心は、確かな輪郭を持つ容れ物に入れられて、人々に揺るぎ無いものばかりを求めさせる。

「……うっ……」

 誰かがしゃくり上げる声が聞こえた。
 さっきの泣き声は、夢ではなかったのか。
 カイは、尚も吹き込んでくる冷たい風を辿って、窓の方を見た。
 時折はためくカーテンの向こうに、人影がちらつく。

「……マックスか?」

 突然声を掛けられて、影は少し驚いたように震えた。
 そして次の瞬間にはもう安堵の声で、

「カァイ……起きてたノ?」
「夢見が悪くて目が覚めた」
「カイも夢なんか見るんダ」
「お前、オレを何だと思ってやがる」
「……ボクも嫌な夢見たネ。とても怖い夢……」
「それで泣いていたのか。ガキだな」

 カイの言葉に幾分ムッとしたのか、マックスは赤い目で睨んで「泣いてなんかナイヨ」と言った。

「……真っ暗闇の夢……右も左も、上も下もワカンナクて、自分さえも見えナクて……」

 そう言って身震いする。
 風が、一段と冷えて感じられた。白く、低い月。夜明け前の一番冷え込む時。
 外は闇だ。けれど、夜の闇は決して、この世界に在る何ものの存在も、消したりはしない。

「それがお前の言う『怖い夢』か」
「エ……?」
「オレにしてみれば、それほど心地良い夢は無いな」

 完全な闇。
 自分の輪郭さえも消えて。
 「自分」という容れ物など、溶けて無くなって。
 そんな闇が、欲しい。
 何かを求め続けることは。

「時に面倒なんだよ、光は。いっそ闇だけならな」

 ふいに風が唸って、カーテンを勢いよく翻した。
 特に意識もせず窓に掛けようとしたカイの手を、冷たい感触が遮る。

「何だ。この手を離せ」
「No.... 閉めナイデ?」
「そんな冷え切った手で、何言ってやがる」
「カイは強いネ」
「……少なくともお前よりはな」
「カイは、泣かナイノ?」

 真っ直ぐ見つめる、大きな瞳。
 その光は、汚れた嘘も、ささくれた運命さえも浄化してしまいそうなほどに。
 綺麗すぎる瞳。
 何故、涙を浮かべてる?

「完璧な強さなんて、ナイネ」
「言われなくても知ってるさ」
「カイは、泣かナイノ?」

 念を押すように、繰り返した言葉。
 長い睫に雨が降る。
 ぽろぽろ、ぽろぽろ。
 雨が降る。

「泣いてるのはお前じゃないか」
「……そうネ」
「馬鹿が」

 揺るぎ無い光を求めながら、完全なる闇に安らぎを抱いて。
 弱い。
 けれどこの手は強く。
 今確かに、誰かを抱き締めていた。 

BACK