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強い手と長い睫毛
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泣き声で目が覚めた。 何か夢を見ていた気がするのに、思い出せない。 月明かりが部屋を薄く照らす。 どこからか吹き込む風が、汗ばんだ肌に心地良かった。 ぼんやりと青い、輪郭。 いっそまったくの暗闇ならば、どんなにか気が楽だろう。 だが、完全なる光が存在しないように、完全なる闇もまた存在しないのだ。 いつだって不安定な心は、確かな輪郭を持つ容れ物に入れられて、人々に揺るぎ無いものばかりを求めさせる。 「……うっ……」 誰かがしゃくり上げる声が聞こえた。 さっきの泣き声は、夢ではなかったのか。 カイは、尚も吹き込んでくる冷たい風を辿って、窓の方を見た。 時折はためくカーテンの向こうに、人影がちらつく。 「……マックスか?」 突然声を掛けられて、影は少し驚いたように震えた。 そして次の瞬間にはもう安堵の声で、 「カァイ……起きてたノ?」 「夢見が悪くて目が覚めた」 「カイも夢なんか見るんダ」 「お前、オレを何だと思ってやがる」 「……ボクも嫌な夢見たネ。とても怖い夢……」 「それで泣いていたのか。ガキだな」 カイの言葉に幾分ムッとしたのか、マックスは赤い目で睨んで「泣いてなんかナイヨ」と言った。 「……真っ暗闇の夢……右も左も、上も下もワカンナクて、自分さえも見えナクて……」 そう言って身震いする。 風が、一段と冷えて感じられた。白く、低い月。夜明け前の一番冷え込む時。 外は闇だ。けれど、夜の闇は決して、この世界に在る何ものの存在も、消したりはしない。 「それがお前の言う『怖い夢』か」 「エ……?」 「オレにしてみれば、それほど心地良い夢は無いな」 完全な闇。 自分の輪郭さえも消えて。 「自分」という容れ物など、溶けて無くなって。 そんな闇が、欲しい。 何かを求め続けることは。 「時に面倒なんだよ、光は。いっそ闇だけならな」 ふいに風が唸って、カーテンを勢いよく翻した。 特に意識もせず窓に掛けようとしたカイの手を、冷たい感触が遮る。 「何だ。この手を離せ」 「No.... 閉めナイデ?」 「そんな冷え切った手で、何言ってやがる」 「カイは強いネ」 「……少なくともお前よりはな」 「カイは、泣かナイノ?」 真っ直ぐ見つめる、大きな瞳。 その光は、汚れた嘘も、ささくれた運命さえも浄化してしまいそうなほどに。 綺麗すぎる瞳。 何故、涙を浮かべてる? 「完璧な強さなんて、ナイネ」 「言われなくても知ってるさ」 「カイは、泣かナイノ?」 念を押すように、繰り返した言葉。 長い睫に雨が降る。 ぽろぽろ、ぽろぽろ。 雨が降る。 「泣いてるのはお前じゃないか」 「……そうネ」 「馬鹿が」 揺るぎ無い光を求めながら、完全なる闇に安らぎを抱いて。 弱い。 けれどこの手は強く。 今確かに、誰かを抱き締めていた。 |