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 どんな時でも、必ず朝はやってくる。自分は、この終わりない時の流れの一部にも満たない。
 空は、晴れていた。哀は何故かそれがたまらなく厭だった。

「おい、どうかしたのか?」
「え……?」

 ふいにコナンが訊いたので、哀は視線だけをそちらに向けた。

「なんか疲れてるみてーだからよ……」

 確かに、哀は疲れていた。最近、理由も判らず怠い事が多い。
 しかし、自分ではそんな事、態度に出しているつもりは少しも無かった。

「別に
……何ともないけど」
「そんならいいけど……身体には気を付けろよ?」

 あなたこそ、気を付けてよ。"からだ"に。
 哀は頭の中でつぶやいた。

「ありがと……あなたもね」

 気を付けて。あたしに。あたしの存在に。あたしがあなたを殺すんだわ、もしかしたら。
 哀は、口には出さなかった。全部、飲み込む。言葉を飲み込む事なんて、慣れていたから。
 恐怖だった。自分の所為で、彼が死ぬ。無邪気な子供たちが死ぬ。博士が、西の探偵さんが、あの娘が……見知らぬ人までもが。
 何故だろう?人が死ぬ事だって、慣れていた。はず。周りでは常に、知人が姿を消したり……自分が誰かを消したり?

「違うわ……あたしは何も……」

 哀は声に出して言った。そうしなきゃいられなかった。その微かな声に、気付く者はいない。
 コナンだって気付いてはいない筈だった。
 彼自身、意識してはいなかったのだろう。が、その時コナンはふと哀の方を見たのである。

「………………」

 瞬間、コナンは哀に魅入ってしまっていた。
 彼女の瞳。それは冷えきっていた。
 いつもの醒めた眼ではない。ましてや、最近少しずつ感情を出すようになった彼女のものとは全く違う。
 しかし、冷腸なものかと言うとそれも違っている。自守する、氷。自分を拉ぐもの全てから守る為、凍らせた。何も映さない、想わない、何も。
 哀はコナンに気が付いていない様子で、どこか一点を見つめている。見つめているのに、定まらない、泳いでいるような。

「……灰原」

 コナンは声をかけた。
 哀は視線すら向けないそのままの状態で、なに、と答える。

「灰原」

 もう一度、コナンは哀を呼んだ。
 しかし、哀はもう返事をしなかった。いや、できなかった。突然、凄まじいまでの嫌悪感が哀を飲み込んだのだ。
 何に対してなのか、判らない。何かが、全てが、厭で厭でたまらない?

《何がそんなに気に入らないの》
 
 "声"が響く。
 決して聞きたくない"声"は、容赦なく哀の中に入りこんできた。

《あなたが望んだのよ?》

(ウソ!)


 哀は否定した。それは苦しいことだけれど、認めるよりはまだ楽だ。
 既に認めているということを、認めるよりは。

(こんなもの、要らなかったのに……!)

 吐気が哀を襲った。あの、夢と同じ吐気が。

 



     とおくで なまえをよぶこえがきこえる



     いつわりの なまえを





 コンクリートに打ちつけた全身の痛みが痛点を通るより早く、哀の意識は途絶えたのだった。









     
だれ・・・・・・・・・・
 

     
     なに・・・?



  はいごで、けはいがする。なにかの、しせん。

  みたくない…あたまではそうおもっているのに、からだはあっけなくむしをした。



     いや・・・・・やだ!



  そんなかのじょをたのしむかのように、からだは、ゆっくりゆっくりうしろをふりかえろうとする。

  そしてかのじょがみたものは―――月。

けもののめのようにあかくひかって…じっと、こっちをみている。

  赤い月。

  赤い月。

  赤い眼。

  赤い月?



     ・・・だれ・・・・・・・・・・・・?







赤い月