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     だれ・・・・・?

     
 
     だれなの?



     ・・・・・・・・ねぇ・・・・・



           『ねぇ、何してるの?』

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 少しずつ、少しずつ。熱った躰が冷えていくように、哀の意識ははっきりしていった。
 小さく声を漏らすと、それに気付いたコナンが傍へ歩み寄る。
 コナンは暫く、心配そうに哀を覗き込んでいたが、そんなコナンを不思議そうにきょとんと眺める彼女を見て、ホッとした表情になった。

「――ったく……びっくりさせやがって……」
「ここは……」

 溜息をひとつついて、コナンは答える。

「……保健室。なんか知んねーけど、吐くまで無理することねーだろ?」
「あたし、吐いたの?」
「なんだ、覚えてねーのか?まあ、当たり前か……あの後すぐ死んだように寝ちまったしな」
「……ごめんなさい」

 妙に素直だった哀に、コナンは少し驚いた。が、哀はそんな事気付きもせず、壁に掛かっている時計に目をやった。針は12時を少し回ったところを指している。ということは……。

「今、給食なんじゃない?」
「ん?ああ、そうだけど……なんだ?食いたいのか?結構ゲンキだな……」
「違うわよ、いらないわよ……でも、あなたは?食べなくていいの?」

 それを聞いたコナンは、少し気まずそうに言った。

「ああ……あ〜〜、もう食べたんだ……」
「そう……え、もう……?」

 まだ、給食の時間になって十数分だ。つまり、かなり猛スピードで平らげて、ここに来たという事である。

「………………」

 哀は気持ちを抑えようとしたけれど、やっぱり嬉しくなった。
 不思議なものだ。以前は、嬉しい、なんてそうしょっちゅうは感じなかった。
 何もかも、どうにもならなくて、流されていれば楽で…でも、それが厭で。身動きが取れなかった。感情なんて、邪魔なだけだった。
 けれど、彼は……工藤新一は、そんな彼女をこんなにも簡単に、こういう気持ちにさせる。

「……じゃ、オレ、行くよ。アイツら、うるせーからな……」

 コナンは3人の事を言って苦笑した。哀も珍しくつられて、ほんの少しだけ微笑う。

「オメーはもう少し寝てろよ!どーせ、寝不足なん……」

 言いかけて、コナンは口を噤んだ。哀の表情が、凍りついたように固くなったからだ。

「……?おい……」
「眠りたく……ない」

 哀は、弱気に訴える。あの彼女にこんな顔をされると、コナンは正直どうしてよいか判らない。

「眠るとまた、夢を見るわ……」
「夢……?怖い夢でも見たのかよ……ハハ、ガキだなー……」

 なるべく明るくしようと、コナンはからかうように言ったが、哀は表情を崩さなかった。

「判らない……けど、続きを……見たくない、それだけはハッキリ判るのよ……」

 さっきの夢が、哀の脳裏に浮かんだ。


  赤い月が浮かぶ闇……その光の中に居る、ひとりの女……逆光で、誰かは判らない……?
  いや、多分知っている。
  思い出したくないだけ?……かもね。
  それを見てる少女……あのコは誰?誰なの?
  ……誰でも良いじゃないの……関係ないわ……


「……ばら……灰原?おい大丈夫か?」

 ふいに現実に引き戻されて、哀はハッとした。

「ええ、大丈夫よ……」
「そっか……じゃあ、オレ戻るけど……」
「あ……あたしも行くわ」

 え?と、コナンが行きかけた足を止めた。
 まあ、コナンにしてみれば、こんな状態の哀をひとりにするのは少々心配だったので好都合なのだが、

「でもおまえ、身体……」
「もう大丈夫だって言ってるでしょ」
「ならいいけど……」

 そう言いながら、何故か哀はベッドを動こうとしない。

「って何してんだよ、早く来いよ?」
「ええ、行くわよ。行くけど……」

 躊躇いがちに言って、顔をしかめる。

「――ったく……ヤッパまだ辛いんだろ?無理すんなって!」
「違うわよ」

 哀は、一呼吸置いて白状した。

「……足が痺れて動けないのよ」

 これは結構マヌケである。

赤い月