. 此処は、寒い。 それしか、判らない。 それしか、知らない。 いつから此処に居たのだろう。 それさえ、判らない。 いつまで此処に居るのだろう。 知る術も無い。 「おまえは考え過ぎるんだよ」 カゲが言った。 オレと同じ、この暗い部屋に棲む、たったひとりの少年。 カゲ、と名乗った彼の事を、オレは何一つ知らない。 オレは、自分の事すら何も判らないのだから。 「そんなにイロイロ考えて、疲れねーか」 「あんたは何でも知ってる。でもオレは何も知らない。何も知らないと、色んな事を考えてしまうんだ」 「オレが何でも知ってる、だって?」 馬鹿な奴だな、と彼は笑った。 「おまえはそうやって、目を瞑っているだけさ」 「どういう意味だよ?」 「いいか、俺とおまえは影だ。自由になりたきゃ、光を倒せ」 「カゲは……あんただろ」 判ってねぇなあ。 彼は呟いて、頭を掻いた。呆れたような顔付きで、明後日の方向を向く。 それから少し考えるような間があって、カゲはオレに向き直った。 「光に支配されている限り、おまえは永遠に此処から出られないぜ。それでもいいのかよ」 オレの心を見透かすような眼。 「解き放たれたいなら、光に成り代わるんだ」 そう言って、彼は薄い笑いを浮かべた。 どのくらい経ったのか。 カゲはいつの間にか居なくなっていた。 いつもそうだ。 彼はいつだって、不意に現れては、消える。 居る時は、生まれた時から一緒の双子のように傍に居るのに、ひとたび姿が見えなくなると、まるで最初から存在すら無かったかのような気がするのだ。 (ヒカリ……) それは一体、何なのだろうか。 あれからずっと、その事ばかり考えている。 『俺とおまえは影だ』 カゲの言うことは、いつもよく判らない。 何でも知っているくせに、何一つ明確に語ろうとはしない。 『光を倒せ』 そうすれば、オレがヒカリになれるのだろうか。 ヒカリになれば、此処から出られるだろうか。 この狭い部屋から、ひとりでは広過ぎる空間から、解放されるのだろうか。 自分が誰なのかも、判るだろうか。 ヒカリになれば……。 (でも、それは、どうやって?) どうすれはヒカリになれるのだろう。 ヒカリを倒す、なんて、どうすればいい? だってオレは、此処から出られないのだ。 何もできやしない。 重い扉は、決して開かれる事はないのに。 それは、突然のことだった。 扉が開いたのだ。 そしてその向こうには、少年がひとり、立たずんでいた。よく見ると、小さな妖精を連れている。 「何……だ、おまえ……!?」 狼狽もあらわに呟いた彼を、オレはただ、呆然と見ていた。 (扉が開いた……) こいつが開けたのか。 一体、どうやって。 そんな疑問を浮かべながら、オレは頭の隅で、こいつはカゲに似ている、と思った。 姿も背格好も、すべてがカゲと似通っている。 「光のお出ましだ」 突然、耳元で声がした。彼、カゲが現れたのだ。 「やれよ、さあ」 急かされて、今し方入ってきた少年に向き直る。 この男が、ヒカリ? オレが一歩近づくと、そいつは畏れるように少し後ずさった。 「おまえ、どうしてオレと同じ姿をしてる!?」 カゲの事を言っているのだろうと、予想する。 しかし瞬間、彼の目がカゲを見ていないことに気付いた。 しっかりと、オレだけを捉らえる視線。 まるで、カゲの姿など見えていないかのようだ。 混乱していくオレの頭に、早くしろよ、とカゲの苛立つ声が響いた。 「あんたこそ、どうやって此処へ入った?何でカゲと同じ姿なんだ」 「……!?カゲ……それがおまえの名前か?」 「違うよ、カゲはあいつさ。そこに居るだろ、あんたとそっくりな奴が」 そう言ってオレはカゲを指差す。その方向をちらりと見遣って、少年は訝し気に眉をひそめた。 「からかってんのか?ここにはおまえ以外、誰も居ないぜ」 頭の中が真っ白になる。 そういうことを初めて知った。 すぐ横で、カゲが笑った気がした。 「答えろ、おまえは何者なんだ!?何故オレと同じ姿を……」 少年が言い終わらない内に、オレの黒い剣が彼の身体を壁へと叩き付けていた。 . |