月のない夜は、子供が舞い降りる。
星から堕ちた、小さな仔鬼が。
星 の 子 供
「来たんか」
布団にくるまったまま、葉は呟いた。
「ひま、なんだな」
「そうでもないよ」
どこか懐かしい感じのする、彼の声。
いつの頃からの事なのかはっきりとは憶えていないが、月の出ないこんな闇夜、彼は決まって葉の元を訪れるのだ。
「今日は何の話をしてくれるんだ?」
「流星の話は、もうしたかな」
「リュウセイ?」
「流れ星だよ」
「ああ、それはもう聞いた」
「じゃあ、月の話をしようか」
葉が彼と顔を合わせることはなかった。
ただ、言葉を交わすのみ。
それでも葉は、彼が何者なのか、疑問を持った事は一度もない。
彼の訪問はもはや、幼い葉にとってごく当たり前の事として受け入れられていたのである。
「……じゃあ、おひさまが無かったら、月は光らないのか?」
「ああ、そうだよ。太陽が無ければ、月が僕達の眼に触れることは無い。太陽があって初めて、僕らは肉眼で月を認識できる。光と影でいうなれば、月は影さ。光が無ければ存在できないんだ」
「ふぅん……」
「でも本当は、たとえ太陽が消えたとしても、月はそこにあるんだけどね」
彼の話は、葉には少し難しい。
今でこそ大方理解できるようにはなったが、昔は彼が話す言葉さえよく判らなかった事もある。
けれども、いつだって葉は彼の話す一言一言を、しっかりと聞き逃さぬよう噛み締めていた。
言葉の端々に感じる、彼の痛ましいほどの孤独の匂いを、葉は知らぬ間に自分の中にまで刻み付けていたのだ。
しかしその匂いの意味は、結局判らずじまいだったのだが、それでもこの時の葉は、無意識の内とはいえ、必死に彼の信号を捕えようとしていたのだろう。
「話はそれでおしまいか?」
「そうだけど、まだ眠くならないようだね」
「ああ」
「昔はすぐに眠ってしまったのに」
「あのな、オイラはもう赤んぼじゃねぇんだぞ」
「仕方ないな。じゃあ、話す代わりに歌ってやるよ」
そう言って、彼は歌を口ずさみ始めた。
注意して聴いていないと、風の音に掻き消されてしまいそうなくらい小さな声で。
歌詞の意味はよく判らなかった。
葉の知っている言葉ではないのに、けれどまったく異国のものでもない気がする不思議な歌。
月のない夜は、決まって彼が現れる。
そして葉の知らない話をし、葉が眠るまで一緒に居てくれる。
襖一枚隔てた距離で、影すらはっきりとは見えず、それなのに誰よりも近くに感じる存在。
空気の流れのような、彼の歌声を聴きながら、その夜も葉は、いつしか眠りに落ちていた。
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