「オイラとお前って、何か似てる気がするな」
「どうしてだい?」
「判らん。でも、お前と居ると、ひとりじゃないんよ」

 襖の向こうで、木の葉のざわめく音がした。
 外は、寒いのだろうか。

「はは、君は時々、面白い事を言う」
「そっ……そうか?お前にそんな事言われたのは初めてだぞ」

 少し照れたように、葉は口ごもった。
 もう幾度となくこうやって過ごしているのに、葉から何かを話して、彼がそれに答えるという事は、未だ滅多にない事だ。

「……何か、たまに思うんよ。オイラとお前は同じなんじゃないかって。そんなわけはないんだが……。顔も名前も知らんのに、月の出てねぇ時しか逢えんのに、一番よく知ってる気がするんだ。母ちゃんやたまおよりも、ずっと……」
「今夜はよく喋るんだね」
「あっ、すまん。オイラの話なんかつまんないよな。オイラ、お前みたいに色んな話、知らねぇもの」

 慌ててそう言ったが、彼は小さく笑ったきり、何も喋らなくなってしまった。
 続く沈黙。
 たった何メートルも離れていない距離で、彼は一体何を考えているのだろう。
 彼の笑い声は、今までもそう何度も聞いたわけではなかったが、いつもどこか寂しさを含んでいた。
 判らない。判らないのに、近くに感じる。
 この違和感は、一体何なのだろう。
 どれくらい黙ったままだったのか、先に口を開いたのは彼だった。

「終わりかな」
「ん?」
「何故僕は、いつだって何かを失ったままなんだろう」

 その言葉に、葉は少なからず戸惑いを感じた。
 それは、不安に近いものだったかもしれない。
 とにかく、彼がそんな事を言うのは、初めての事だったのだ。

「僕は君と居てもひとりだよ、葉」
「な……」
「葉?起きてるの?」

 突然、部屋の明かりが付いた。

「か、母ちゃ……」
「あなた今、何か喋ってなかった?」

 反射的に襖の方を見る。
 人影は、無い。
 逃げたんか、とホッとしたのも束の間、茎子は子供の変化をすばやく察知していた。

「……誰……誰と話してたの、葉!?」
「え……」
「今日だけじゃないでしょう!前から何度か引っ掛かる事があったわ!ねぇ葉、誰が居たの!?答えて……!!」
「だっ……誰も……」

 あまりの母親の剣幕に、葉は言い訳すら思い付かなかった。
 一体何故、母はこんなにも取り乱しているのか。
 普段、冷静な母が、一体何故。
 何も言えなかったのが返って良かったのか、葉の怯えた表情を見て、茎子はハッとしたように俯いた。

「……そう。ごめんね、大きな声出しちゃって。もう寝なきゃだめよ」

 一体、何が起こっているというのだろう。
 幾分落ち着きを取り戻した茎子は、できるだけ優しい声を掛け、部屋を出ていった。
 葉の周りにはまた、静けさが積もってゆく。
 けれどそれは、沈黙ではなく、静寂。
 葉は、無性に悲しくなった。
 相手が居るのなら、沈黙さえ愛しく感じられる。
 そして、そんな沈黙すら、自分は持ち得ないのだ。

『終わりかな』

 どうして終わりはやってくるのだろう。
 なら、最初から、何も無ければいいのに。
 どうして自分は、ひとりなんだろう。
 どうして彼は、ひとりなんだろう。
 それでもふたりなら、寂しくないと、思っていたのに。