カランカラーン

「いらっしゃい。おぉ、コナン君。そろそろ来る頃と思っとたよ」

「こんばんは、マスター」

「コーヒーでいいかね」

「はい」

「今日も事件かい？」

「えぇ、まあ」

「ハッハッハッ。姪っ子のエリーがコナン君は今日も学校に来てなかったと拗ねて帰ってきたよ。たまにはデートにでも誘ってやってくれんか？」

その太い四角い淵のメガネの似合う青年は困ったような顔をみせた。そして、マスターの「冗談だよ」と言う声が聞こえるのである。

その少年は決して目は悪くなかったが、どうしても度数０のメガネを外そうとはしなかった。

『ロンドン警視庁に救世主現る』と初めて新聞記事に載ってからもう半年が過ぎようとしていた。かつて霧の町と呼ばれたロンドン。いま、この町に犯罪という霧から真実を探り出す青年がいる。人々は彼を『ホームズに最も近い青年』と評価した。

「はい、コーヒー。そういえば、君がイギリスに来てもう1年くらいになるんだね」

「もうそんなになっちゃいますかね」

コーヒーの湯気にメガネを曇らせながら、青年は少し笑って見せた。

Piriririri…..

店の中に青年の携帯電話のベルが鳴り響いた。青年は外に出たが、すぐにがっかりしたような顔でカウンター席に戻った。

「何かあったかい？」

「いえ、レスト警部が犯人を取りに逃がしたと・・・」

「またやったか、あのおっちょこちょいのレストが（笑）」

マスターはとてもやさしい、その地域では有名人（なぜかは不明）だった。マスターは結構太っていて、髪は白髪の混ざった灰色。そうある人物と性格も体型もそっくりである。メガネの少年は初めてその喫茶店に入ったときおもわず

「あ、阿笠博士！？」

と言ってしまったらしい。

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次の日、コナンの借りているアパートに戻ると意外な人物達が内でくつろいでいた。

「なんだよ、勝手に人のうちに入るなんてよ」

「そんなこと言わないでよ、新ちゃん！せっかく来たんだから」

「って、何しに来たんだよ？どうせ、くっだらねー理由だろ？」

「そんなことはないぞ。父さんはなナイトバロンの新作の下見としてきたんだ。で、そのついでに寄ったというわけさ」

「とかなんとか言って、編集者を騙して骨休めに来たんだろ！？」

「アッタリー！さすが、新ちゃんね」

苦笑するコナンをほったらかしで笑う工藤夫妻。

「で、新一。新しい生活にはもう慣れたみたいじゃないか」

その言葉にコナンは目を落とした。しかし、すぐに優作にに視線を向け「あぁ」と答えた。

コナンの心を察したのか優作はある少女の名前を出した。

「新一、哀君には会ってないのかね？」

コナンの顔が曇る。

そう、その少女とは灰原哀。阿笠博士の一人娘である。組織が壊滅してからは哀は博士を『お父さん』と呼ぶようになっていた。しかし、コナンはロンドンへ旅立つことを一言も哀には言わずにきてしまったのだった。哀だけではない。博士や毛利蘭、服部平次や目暮警部などよく知る友人や知人にも誰にもである。唯一知っていたのは工藤夫妻と怪盗キッドである。怪盗キッドの場合は知らせたと言うよりも、どこからか情報を仕入れてきたらしい。

「まだ哀君に居場所を伝えるつもりはないのか、新一？」

「・・・あぁ。俺はアイツにひどいこと言っちまったしな」

「新ちゃん、そこまで思いつめることないんじゃないの？」

コナンは黙り込んで窓の外を眺めていた。

「有希子。そろそろ行くぞ。いろいろ行かなければならないところもあるしな」

「えっ！？今日は新ちゃんとレストランに行くんじゃなかったの？」

優作はコナンの方に視線を向け、妻にコナンの気持ちを察するように促した。その綺麗な御婦人は不満げにほっぺたを膨らました。

「今夜のレストランは変更しよう。おまえが前から行きたがっていたオックスフォードのレストランいな」

そうやさしい笑顔で言う紳士に有希子は一瞬満面の笑みを浮かべたがすぐに不機嫌な顔に戻し、一言「もう、なによ！」

それを見てメガネの青年は苦笑しながら「さすが父さん、母さんの性格よくわかってるな〜。しっかし、あの変わりようはさすが元女優・・・」と苦笑するのであった。

「じゃあね〜、新ちゃん！また近いうちに遊びにくるから！」

「元気でな」

「あぁ！」

そう言って工藤夫妻の突然の訪問は過ぎ去ったのである。しかし、この訪問はただの訪問ではない。が、そのときロンドンの救世主はなにも気づいていなかった。

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カランカラーン

「コーヒーだね？今日はいい豆が入ったばかりなんだ」

江戸川コナンは事件のときは終始ポーカーフェイスを貫く。しかし、常連の喫茶店のマスターにだけはいつも素顔を見せるのだった。

その時、メガネのレンズが光に反射して片目は見えなかったが、ほぼ毎日彼の顔を見る店主でさえ、初めて見る彼のとても悲しそうな目に驚いた。悲しい事件を解決した時にも、少々暗い顔を覗かせてはいたが、ここまでつらそうな顔を見たことはなかった。

カウンターの青年にマスターはやさしく話しかけた。

「今日、誰か客が来てたようだが、どうかしたのかね？」

顔をあげた青年はいつもの顔に戻っていた。

「ちょっと両親が来ていたんです。でも、なんでそれを？」

「きみのアパートはうちのほぼ目の前だろ。だから、ある御夫妻が尋ねてきたんだ。きみのアパートをね」

「そうですか。いや、何にもなかったんですけど、ちょっと日本のことを思い出しちゃって」

そう言うとコーヒーに口をつけた。

「マスター、オレ今日はまた徹夜になりそうなんで、今夜もコーヒーお願いします」

「わかったよ。レモンパイなんてどうかね？昨日エリーが君宛に作ったんだが、学校に来てなかったから渡せずにわしの所に持ってきて、君に渡してくれるように言われていたんだよ」

コナンは苦笑しながらも

「いただきます」

と答えた。

コナンは徹夜をするときはいつもマスターに深夜のコーヒーの配達を頼んでいたのだ。しかも、時間はいつも1時きっかり。もちろんこんな時間帯は営業時間外なのだが、マスターは一人暮らしのコナンのために深夜の差し入れをするのだった。

コーヒーも飲み終わり、コナンは帰ろうと席を立った。

「じゃあ、コーヒーとレモンパイ、いつもの時間にお願いします」

「あぁ、任せなさい。あぁ、そうだ。明日から女の子のアルバイトがうちに来るんだ。よろしくしてやってくれ。手を出しちゃいかんぞ！（笑）」

「はいはい。わかってますよ、マスター」

メガネの青年は苦笑しながら言った。

「そういえば、名前は、は・・・っアレ？」

そのとき店内にすでにコナンの姿はなかった。

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