次の日、コナンは店に夜11時という遅い時間帯にやってきた。「もう、来ないかとおもっとたよ」
「ごめん、マスター。誕生日パーティー出席できなくて」
そうこの日はマスターの誕生日だったのだ。
「いや〜、そんな年寄りの誕生日なんぞ気にせんでもいいが、問題は・・・エリーじゃ」
その言葉に、ただ苦笑するしかないコナンであった。
「あっ、これ。ささやかながら、オレからのプレゼント」
「すまんのぅ」
「そういえば、新しい娘来たんじゃなかったの?」「ハッハ、もう帰ったよ。そりゃこんな時間まで居るわけがなかろう。じゃが、きみは会えんかもしれんな。彼女は夕方の6時までしかおらんよ」「どう、仕事ぶりは?」
「すばらしいよ。細かな所までよく気が付くし、仕事もテキパキこなしとる。お客さんの間でも可愛いと評判になっておるよ。じゃが・・・いつもどこか寂しげなんだ」
その時、コナンが何かを思い出したように静かに笑った。
「これこれ。思い出し笑いは、あまりよくないぞ」
「わりぃ、マスター。でも、そんな奴が日本にいたことを思い出しちゃってさ」
「ほう。初めて聞く話だな。いままでの君の話には女っ気なんて微塵も感じられなかったが・・・」
「ち、ちげーよ!そんなんじゃねーよ!そんなんじゃ・・・」
「ホホッー。そういうわりには、顔が赤くなっとるぞ」
あごで、マスターはカウンターの向かいにある鏡を指した。コナンは顔を鏡に向けた。すると、確かに耳まで赤くなった自分の顔が映っていた。
青年はすぐに自分の席に戻り、独り言のように語り始めた。
「ずっと・・・、このままずっと永遠に会えないと思ってるんだ。会いたくないって言ったら嘘になっちまうけど・・・。なぁ、マスター、もし、誰よりも大切な人が償いの念から優しくしてくれたり、一緒に居てくれてたら、どうする?」
「う〜む。・・・わしには正直わからん、、が、じゃが本心から優しくしたい、大切にしたいと思わなければそんなことはできんと思うし、それに」
「それに?」
「それに、目でわかるじゃろ?それが偽りか、真か」
「・・・帰るよ」
「あぁ。そうだ、今夜コーヒーは?」
「明日は学校に行くつもりだから、帰って寝ることにするよ」
メガネの青年はそう言うと去っていった。その背中には、寂しさが映しだされていた。
「ねぇ〜、コナン君!!ねっ、日曜日に映画行こうよ〜!ねぇってば〜」「・・・ん?あっ、わりぃ。聞いてなかった」
「もう!あっ、先生来ちゃったわ。また後でね」
コナンの席は決まって教室の一番後ろ窓際。彼曰く、事件のことを考えるにも、居眠りするにも最高の席らしい。だが、今日の彼は事件のことも頭になく、また眠いわけでもない。青年の心の中は、ある少女が夕日に照らされ、手を後ろに組んでこちらを振り向いている画に占領されてしまっていた。
「ねぇ〜!聞いてるの?」いつの間にか授業は終わってしまったらしい。
「コナン君、しばらく来てなかったからノート後でコピーさせてあげるね。いつもみたく、すぐに帰らないでね。私、帰る準備するの遅いんだから」
「わかったよ。ありがとう、エリー」
青年は少女に優しく微笑む。まるで、昔を思い出すかのように。少女も青年の笑顔に、頬を赤く染めた。
学校でノートをコピーしてもらった後、コナンはエリーと一緒に帰り道を歩いていた。エリーはスタイルは蘭に似ていたが、背は蘭よりも高かった。髪はブロンドでストレートのロングヘア。顔は例えようがないが、間違いなく誰もが認める美形だ。ちなみに、テニス部に所属している。「ねぇ、映画の話覚えてる?」
「あ、えっと、今度の日曜だっけ?」
「うん。行こうよ!」
コナンは断ろうとは思わなかった。この間のレモンパイの御礼もかねて。
その日、コナンはマスターに電話でいつもの時間にコーヒーを届けてくれるように言った。マスターは風邪気味らしく、ガラガラ声でOKしてくれた。しかし、マスターが気になったので一度はキャンセルしようとしたが、「うちのコーヒーのせいで『ロンドンの救世主』の仕事に支障をきたせんじゃろ!」と言って聞かなかった。でも、メガネの青年は知らなかった。なにひとつ、これから自らに起こる事を。
「そろそろ一時かぁ〜」暗い部屋に、デスクの明かりだけがともっている。そのデスクには山積みなった捜査資料。メガネを外した青年はそれをうつろに見ながら、マスターの体を気遣っていた。
「ひどくなってなきゃいいけど・・・」
そして、時計の針はAM 1:00を指した。そのときだった、コンコン とノックの音が聞こえてきた。コナンの住むアパートのチャイムは少し外まで聞こえてしまうので、深夜コーヒーを届けてもらうときにはノックにして欲しいと頼んでいた。しかし、その日に限ってコナンは深夜の来訪者を迎えるのにためらった。いつもと、ノックの仕方が違っていたのが第一の理由だった。第二に、いつものマスターであればドアの前に立ってノックするまで少しだけ時間を空ける。が、その日にはなかった。第三の理由、これがマスターではないことを完全に決定付けたのだが、このアパート内の回廊は木でできていた。だが、かなり年季の入った建物だったために、木の回廊は一部が腐りかけていた。そのため、体重が重い人が乗るとミシッ という音が必ず生じる。マスターは体重が少なくとも85kg以上はある大柄な人だった。だから、いつもは回廊の悲鳴が聞こえるのだが、その日はなかった。ノックがもう一度聞こえた。「マスター以外であれば誰だろう・・・」コナンはそう思いながらも、マスターが風邪気味だったことを考え、誰かに頼んだのかもしれないと思い、ドア越しに尋ねてみた。
「失礼ですが、どなたですか?」
「コーヒー。マスターに頼まれて・・・」
一瞬、なぜか彼の脳裏に哀の顔が浮かんだ。もちろん、彼は英語で尋ねた。ドアの向こうにいる少女らしき声の人物も、また英語で返答した。日本語と英語での違いはあったにせよ、それは、いまコナンがいちばんいとおしく思っている少女の声、まさにそのものだった。
彼の警戒心など、もう微塵もなかった。コナンは、そっとドアを開いた。そこには、少女が立っていた。
彼女は日本語で言った。
「はい、コーヒーよ」
「あ・・・あぁ・・・」
コナンは体からすっかり力が抜けていることに気づいたが、なんとかコーヒーカップと受け皿を両手で受け取った。2,3秒ほど2人は目を見つめ合い、立ち尽くしていたが、しばらくすると少女は フッと安心したような微笑を浮かべ、そして立ち去ろうとした。そのときだった、コナンは我に返って言った。「ま、待てって!」
「・・・何?」
「哀、なんだよな?」
少女はコクリと頷く。
コナンはコーヒーカップを持っていることも忘れて、すぐにでも彼女を抱き締めようと思ったが、コーヒーに気づき思いとどまった。コナンには哀に聞きたいことがたくさんあった。まず、なぜ哀がここに居るのかということ。
「な、内に入れよ」
少女のほうも、目がかなり潤んでいて今にも大粒の涙が、彼女の頬を流れ落ちようとしていた。
「バカ。・・・深夜に、女の子が男の一人暮らしの部屋にのこのこ入っていくと思う?それに、マスターにも早く帰って来いと言われてるしね」
「そ、そっか・・・」
今にも泣きそうな顔を、満面の笑顔にして彼女は言った。
「心配しなくても、もうすぐ会えるわ」
そう言い残すと、彼女は走り去っていった。
コナンはその後も、しばらくはドアを開けっ放しにしたまま呆然と突っ立っていた。もう一度、今尋ねてきた少女の顔を思い浮かべる。よく手入れされている、綺麗な赤みがかった茶髪。きりっとした美形の顔立ち。忘れるはずもない。灰原哀だった。しかし、コナンの目には今の数分の出来事が、すべて夢のように思えて仕方なかった。よくできた夢としか考えられなかった。
だが、コナンは次の日、前の日のことが夢でなかったことを知る。
次の日、コナンが登校し教室に入ると、中はいつも以上に騒々しかった。その状況に、コナンは少しばかり呆れながらも自分の席に着いた。するとすぐにエリーが近づいてきた。「おはよう」
「おはよう。今日は何かあったっけ?」
「あぁ、この騒ぎね。行事は何もないわよ。でも、うちのクラスに転校生が来るんだって。なんでも、日本からの留学生なんだって」
「へぇ〜。それでこの大騒ぎね」
コナンは苦笑しながら言った。
「でもね、それだけじゃないのよ。なんかね、きのう別のクラスの女子達がその娘を見たらしいんだけど、なんだかものすごく可愛いんだって。それで、その話が男子達にも伝わっちゃって、もう朝から大騒ぎ!」
「あっそ・・・」
「コナン君は、興味ないの?」
「ハハハ・・・」
エリーは満面の笑顔をコナンに見せた。コナンのいかにも興味のないといった態度に安心したらしい。
そして、しばらくして始まりのベルが鳴る。メガネをかけた青年にはこの日のベルがいつもと違って聞こえてきたので、すこし不思議な気持ちになった。そう、この日のベルはこの青年の新たな始まりの音でもあったのだから・・・
あとがき お待たせしましたー!!中編完成です。 |
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