ゥ 三 つ の 願 い
ゥ
「・・・ふう、やっと着いたな」
「そうね、少し長かったわね・・・」
時計の短針が三を指す頃、ようやく着いた二人は車での移動時間が長かった為少し疲れた様子でタクシーを降りた、日が傾きつつあるとは言えまだ少し暑さが残っていた
「ところで・・・その・・・財布の方は大丈夫なの?随分使ったと思うんだけど?」
「そういう事は心配すんな『小学生としてのお小遣い』からじゃなく『高校生としての貯金』から使ってるからよ(・・・っていうかデートで相手のポケットマネーの心配するか?フッ・・・コイツらしいぜ)」
「え!?ご両親のお金じゃないの?」
「ああ、これはオレが探偵やってた頃にお礼として目暮警部たちから貰ったやつなんだよ、もちろんいらないって言ったんだけど『これだけの数の事件に助言して貰っていながら日本警察として何も渡さないわけにはいかない』って聞いてくれなくてよ、まぁ一応父さんのカードも持ってきたけど、必要ねぇみてぇだ」
「そうだったの・・・てっきりご両親お金を使ってると思ったのに、案外正直に私の約束守ってるじゃない、クスッ」
「ハハハ、まぁいつまでも親のスネかじってる訳にもいかねぇしな・・・あっ!そういや黒羽のヤツに電話すんの忘れてた!」
「あ・・・そういえばそうね・・・じゃあ今電話しなさいよ」
「おいおい今かよ(折角これからって時に・・・)・・・でもまぁ約束は約束だし・・・分かった、んじゃあそこのベンチにでも座ってかけようぜ」
「ええ・・・」
丁度空いていた入り口付近の日陰のあるベンチに二人は並んで座った
「ちょっと時間借りるぜ、すぐ済ませっからよ」
コナンはカバンから携帯を取り出し、いくつかボタンを押して耳に当てた、プルルルルル♪プルルルルル♪プルルルルル♪プルルルルル♪、四回の呼び出し音の後、元気いっぱいで『工藤新一』にそっくりな声が聞こえた
「ハーイ、黒羽快斗で〜す、なに?新一」
「・・・どうでもいいけど、お前っていつもハイテンションだよなぁ・・・」
「まぁね、これが取り柄みたいなもんだから・・・って話逸れちゃったね、それで?何の用かって聞いてんだけど?」
「ああ・・・オレ、ちゃんと表向きに付き合ってるって言える人ができたんだ、///それもスッゲェ可愛いヤツが」
「え!?・・・ってことは新一まさか・・・その姿のままで蘭ちゃんに告白したわけ?戻るまでしないって思ってたんだけど・・・」
「・・・言うと思ったよ、想像中のところワリィけど蘭じゃねぇぜ」
「ハァ?じゃあ誰?新一の彼女になった人って・・・」
「お前も知ってる灰原哀って言う・・・///世界一カワイイヤツなんだぜ」
その言葉に哀は敏感に反応した
「///バカ・・・(そんなに何度も言わなくていいのに・・・)」
「え〜〜〜!?ウソ〜〜〜!?あの哀ちゃん?マジで?」
「ああ、ホントだぜ?服部も似たような事言ってたぞ・・・ったく、性格はオメー等のほうがそっくりだぜ」
「そりゃぁ思うのも無理ないって・・・そうかぁ、新一があの哀ちゃんとねぇ・・・」
「そういうこと・・・一応、用はこれだけだ」
「へぇ〜・・・蘭ちゃんに言った?」
「・・・体が小さくなったことか?それとも、彼女ができたことか?」
「両方だよ」
「哀が彼女になってくれたことは言っておいた、けど『工藤新一』は外国に行って会えなくなったって事にしてある」
「ふ〜ん・・・で?蘭ちゃんは普通通り?」
「ああ・・・まぁな、『工藤新一』がいなくなったことで、2,3日ちょっと落ち込んでたみたいだけど、凄腕のFBIの捜査官と付き合い始めたみたいで、今は元気だけど?」
「(え!?・・・)」
哀はこのとき初めて蘭が他の男と付き合っていたことを知った、刹那の内に哀の心の中で様々な感情が駆け巡る
「(やっぱり深くは傷つけてないんだ・・・)そりゃ良かった・・・って言うか新一があんまり大それた事するわけないって思ってたけどね」
「いや、はっきり言ってオレはお前が思ってるほどできた人間じゃねぇよ・・・その証拠に今まで哀にはたくさん辛い思いさせてきたからな・・・」
「「・・・」」
それを聞いた隣の哀と電話の向こうの快斗が同時に黙った、しかし直後、快斗の顔にあどけなさいっぱいの表情が浮かぶ
「・・・じゃあ今までの哀ちゃんの状態は『辛い』って言葉で形容できたんだね?」
「・・・だろうな、まぁほとんどオレの所為みたいなもんなんだけどよ」
「んじゃあ、ちょーどいーんじゃない?」
すかさず『あなたの所為じゃない』と反論しようとした哀も、携帯から聞こえた意図の分からない快斗の言葉に動きを止めてしまう
「ハァ?どういう意味だよ、それ」
「だって『辛』って字の状態の人に『新一』の『一』を足せば『幸』って字になるじゃん」
「(相変わらずそういう事をよく思いつくヤツだぜ・・・)ハハハ、なるほど・・・まぁその通りにするつもりだけどよ」
「アハハ、事情を知っている人間の立場から言わせてもらえば是非そうしてもらわないと困るね、それでないと俺が哀ちゃん盗っちゃうからな」
「ハハハ、いくらキッドでもそりゃ無理だ、だってオレと哀の絆はめちゃくちゃ、固いからよ」
「・・・みたいだね、いーなーいきなりアツアツじゃんか・・・あ!?ヤバイ、新一、青子がこっちに来た!誰と話してるか聞かれると色々面倒だから、悪いけど切るよ」
「ああ、中森さんにバレんなよ、それから間違っても蘭の彼氏には捕まるなよ」
「オレは国際指名手配級の大怪盗だぜ?そんなヘマはしないよ、じゃあ今度なんかお祝いになんか持って行くから、じゃあね〜」
「(盗品じゃねぇだろうな・・・)ああ、じゃあな」
通話者二人はほぼ同時に電話を切る、哀はほど良い間を置き、コナンに気になっていた事を聞く
「ねぇ、蘭さんが他の男と付き合ってる事・・・心配じゃないの?」
「何だよいきなり・・・」
「どうなの?」
「・・・別に?あいつは腕っ節が強いしな、たぶんオレがいなくても自分できっと幸せを掴んでくれると思うぜ」
「そう・・・」
突発的で強い風が一瞬二人の髪を乱す、通行人の声をも遮る
「・・・オレがまだ蘭の事、引きずってるじゃねぇか?って不安なんだろ?」
「え!?・・・そんなこと・・・」
的確に心中を捉えられ、とっさに言葉を繋げられなくなる哀
「顔見りゃ分かるよ・・・でも哀の気持ち、スッゲェよく分かるぜ、話を振られたとは言え電話で分かれた女の話ばかりしてるんだからな・・・多分、オレが逆の立場でも同じ事考えてるだろうからなぁ・・・オレや哀に限らず、きっと人間って言うのは交際者がちょっと自分以外の異性と話したり、その人の話題で話してたりしたら『気があるんじゃないか?』とか思っちまうものなんだよ、それもお互いの想いが強ければ強いほど・・・だから別に隠すことことじゃねぇんだぜ?」
「・・・」
「でもこれだけは信じてくれよな・・・オレが、世界で一番好きなのは・・・世界で一番大切なのは・・・他の誰でもなく灰原哀なんだ」
幸いにもこの告白めいたコナンの発言は、悪戯な風にかき消され、数少ない通行人には聞こえなかったようだ
「・・・ええ、わかってる・・・信じてるわ・・・」
「・・・ゴメンな、その・・・ホントはもっとちゃんと安心できる言葉を言ってやりてぇんだけど・・・上手く言葉にできなくてよ」
「・・・バカね、確かにあなたの言う通り、人間は誰だってそんな事を考えてしまうことはあるわ・・・けど、相手からまた自分への思いを告げて貰って『思い過ごしだった』ってちゃんと確認できたら・・・すぐにそんな不安は消えてしまう・・・あなたの言ってくれた言葉は私にとってベストな言葉だったわよ、ありがと(・・・でもね工藤君、私が嫉妬する度に言ってくれるつもりなのなら、それは恐ろしい回数になるわよ?)」
「・・・そうか、それならいいんだ(オレがそう思ったときにも似通った事言ってくれるのか?・・・だとしたら声がかれるぞ?哀)」
少しの間沈黙が続いた、時間だけが心を整理するための唯一の道具だから・・・
「・・・よし、気分を切り替えて早く入ろうぜ、トロピカルランド・・・せっかく来たのにこんな所でずっと居たら、哀とのデートの時間がもったいないだろ?」
「・・・ええ、そうね」
「スッゲェ楽しい時間にしてやるよ」
「残念だけど、あなたと一緒にいる時点でもうすでにあなたが言う『凄く楽しい時間』になってしまっているから、それは理屈上無理よ」
楽しそうにコナンをからかう哀、そして哀にからかわれるのが自分だけの特権だと気づかないコナン
「ハハハ(可愛くねー・・・)・・・じゃあさらに・・・ってことで」
「そうね・・・お願いするわ、工藤君」
「任しとけ!」
コナンは早く行こうと言わんばかりに哀の手を引いてチケット売り場に向かって行った
今度は二人の髪を優しい風が撫でた・・・
「ふぅ、結構時間かかったなぁ、チケット買うの」
「そうね・・・もう3:45よ」
「でもまだまだ時間は残ってるぜ・・・んで?最初にどこ行きたい?」
「そうね・・・どこでもいいけど?」
とりあえずコナンはパンフレットを広げる
「ふ〜ん、じゃあ・・・お化け屋敷な」
「・・・私に驚いて飛びついてほしいワケ?」
「え!?別にそういうつもりで言ったんじゃないんだけど・・・一番近いから・・・なんとなく・・・」
「・・・(お化け屋敷ねぇ・・・クスッ)まぁいいわ、遠いところから行くよりは、遥かに効率がいいからそこにしましょ」
「あ、ああ」
哀はコナンの手を自ら引いて歩き出した、それに対しコナンは少し驚いた顔をしてついて行く、そう、哀はひそかに計画を立てていたのだ
「ここかぁ・・・」
看板に『黄昏の館』と書かれた、いかにも『お化け屋敷』というような建物だ
「あまり並んでないわね・・・行くなら今ね・・・(ま、こんな事したら『信用されてないんじゃ』って思われるかもしれないけど・・・たまにだったら・・・遊び心、分かってくれるわよね)」
「(コイツ本気でこんな所行きてぇのか?)なぁ、他の所に行ったほうが楽しいんじゃねぇのか?乗り物とかよ・・・」
「・・・別にいいじゃない、嫌なの?ここに入るの」
「哀が行きたいって言うんだから嫌なわけねぇだろ」
「なら時間が残り少ないんだから早く入りましょう」
「あ、ああ、わかった・・・」
そして二人は前から5、6番目に並んだので、すぐに入ることができた、中に入ると、暗く、気味の悪い空間が広がっていた
「ハハハ、お決まりの雰囲気だな」
コナンは呆れた顔をしていると、哀がいきなりコナンの腕にしがみつく
「!・・・どうした?」
「闇が怖いの・・・どこからか誰かに狙われてる気がして・・・組織の人間に殺される気がして・・・だからお願い、せめて出口までこうさせて・・・私を守って・・・」
「『出口まで』じゃなくて一生守ってやるよ・・・だから安心しろ」
その状態で二人は進んで行き、機械制御の化け物がいくつか出て来た、作り物だと分かっていても、人間は効果音や光などにはどうしても反応してしまうので、出てくる度に哀はコナンの腕を強めに握り直す
「大丈夫だから・・・絶対守ってやるから・・・何があってもよ」
コナンはその度に声をかけて哀を安心させた
「うん・・・」
哀も素直にそう返事を返していた、そうして最後まで通路を通り、二人は『黄昏の館』を出た、まぶしさに二人は目を細めた
「・・・合格ね」
「ハァ?・・・なにが?」
コナンが哀の発言に対して不思議そうに聞いた
「気づかなかったの?ここに来たのは、しっかり私を守ってくれるか試したかっただけよ・・・まぁ思った通り、あなたは百点満点で合格だったけど」
「ハハハ・・・(またやられた・・・)」
コナンはおそらく一生哀には頭が上がらないだろう
「クスクス・・・私が本気でお化け屋敷で怖がると思ったのかしら?これくらいは気づくべきだったわね、名探偵さん」
「(確かに・・・)・・・でも、闇が怖いって言うのは100%ウソってわけじゃねぇよな?」
「・・・そうね、むしろ本当の事だわ・・・組織を抜けてから、ずっと闇や夜が怖かった・・・夢を見ることさえも・・・」
「・・・ゴメンな、今まで傍にいてやれなくて・・・見守ってやってれば、悪い夢なんて見ることなかったかも知れねぇのにな」
「それは、そうかもしれないけど・・・それは仕方のないことだったのよ・・・」
「でも、明日・・・いや、今日からでもお前が幸せになれるように、努力する・・・今のオレじゃ不十分だもんな・・・けど、努力したら哀を世界で一番幸せにする自信があるからよ・・・」
「私も工藤君のそばにいれることが、一番の幸せだって言い切れる・・・」
「///ありがとう・・・哀」
「///それはこっちのセリフよ」
人前なので流石に恥ずかしがっているコナンと哀、二人の頬は近くで売られている赤い風船よりも傾いた夕日よりも紅い
「・・・よし、んじゃあ哀を幸せにする為に次の行き先を決めようぜ」
「(気障ね・・・)・・・自分が行きたいんじゃないの?」
「ここでずっと突っ立てるよりましだろ?」
「クスッ・・・そうね、どこにする?ちょっとパンフレット、見せてくれない?」
「全体マップなら3ページ目だぜ」
補足を付けてコナンはパンフレットを哀に渡す
「・・・色々あるのね・・・ねぇ?ずいぶん敷地が広いけど・・・この『迷宮王国』ってなんなの?」
「ああ、今年新しく開設された新アトラクションでな、スッゲーでかい迷路なんだよ、途中に問題がおいてあって、確かその答えの頭文字を覚えておいて、最後の制限時間内にゴールできた人たちでやる問題のヒントにするんだ、んでもって優勝すると何かもらえるらしいぜ」
「・・・要するに迷路とクイズを混ぜたような物ってわけね」
「そういうこと」
「でも、その迷路とかクイズ会場って一つなんでしょう?一回終わるのに時間がかかり過ぎない?」
「ああ、その分一気に100人ぐらい入れるんだけどよ、それでも他のアトラクションより効率が悪いから、ここに来ても入らずに帰る人も結構いるみてぇなんだよ」
「・・・ここ、行ってみたいんだけど・・・ダメ?」
「・・・哀が行きたいんならいいに決まってんだろ?」
「///バカ、自分の意見を持ちなさいよね・・・ところで工藤君、今何時?」
「え〜と、4:45だけど?」
「どのくらい並んでるの?」
「さぁ?・・・行ってみねぇとなぁ・・・まぁ、とにかく行ってみようぜ」
「ええ、わかったわ・・・」
二人は腕を組んで歩いていった、この後凄い光景を見るとも知らずに・・・
「・・・最悪ね」
「マジかよ・・・」
『迷宮王国』の手前まで来た二人の目の前に広がっていた光景は、『ただいま約3時間待ち』という看板だった
「・・・どうするの?やめる?」
「いや、哀は行きたいんだろ?せっかくのデートなんだし並んでみようぜ」
『初デート』と言うことを考えて哀の顔が少し赤くなった、しかしコナンに悟られないように話を変えた
「閉館時間には間に合うの?」
「え〜と今5:00くらいだから三時間並んでも8:00、ここは9:00まで開いてるからギリギリだけど間に合う事には間に合うな」
「・・・並ぶだけで残り一時間しかないわよ?それに終わって出て来たらもう残りの時間なんて・・・」
「時間が足りないんだったらまた連れてきてやっからよ、だから並んでみねぇ?」
「・・・分かったわよ、工藤君がそういうなら」
哀はコナンの言葉から『また一緒に来る約束をすることができた』と、内心少し嬉しくなる
「んじゃあ決まったな、え〜と最後尾は・・・あっちか、ほら早く行こうぜ」
コナンは手をつなごうとして手を出したが、高揚した気持ちから哀は関係ないかのように腕を絡めてきた
「///・・・ったく、手を下に出したときは手つなげよな・・・常識だろ?」
「///別にいいじゃない・・・私の勝手でしょ?」
そんな些細で幸せなケンカをしながら二人は最後尾へと向かった
「・・・疲れるわね」
並んだのはいいのだが、半時間くらい並んだところで哀は立っているのが少し辛くなってくる
「大丈夫か?」
「平気よ・・・でもあと2時間半となると・・・こういうの、慣れてないからかしら・・・」
「・・・んじゃあ、この体でいつまでもつかわからねぇけど・・・おぶされよ」
コナンは体制を低くする
「え!?いいわよ、私のワガママで並んでるのにこれ以上工藤君に迷惑かけられないわ」
「・・・バーロー、前にも言ったろ?哀の辛そうな姿を見てるのが嫌だって・・・だから遠慮すんな、それに哀って体重軽そうだし」
最後の言葉は笑顔を向けて話すコナン
「でも・・・」
「やっぱ嫌か?」
「え?・・・何が?」
「///その・・・スカートが・・・」
そう、今日哀がはいているスカートは、かなり短いのである、この状態だと・・・
「!・・・///バカ、私が言ってるのは・・・ハァ・・・もういいわ」
諦めたと言わんばかりの言葉を一言漏らし、哀は低い体制になっているコナンの背中に乗る、コナンはいきなりだったので少し驚いたがすぐに満足げな顔になった
「最初から素直に乗せてもらえばよかったわね・・・工藤君は言い出すと聞かないから・・・」
「ハハハ、まぁそうだな・・・とにかくゆっくり休めよ、疲れてんだろ?」
コナンはゆっくりと立ち上がる
「それは工藤君だって同じじゃないの?」
「オレは昔部活で鍛えてたからな」
「///・・・やっぱり少し恥ずかしいわね」
哀は自分のスカートに目をやりながらコナンの耳元で小さくつぶやく
「///この角度からじゃ見えねぇけど、そう言われるとオレだって恥ずかしいぜ・・・でも他の連中にはあんまり見せたくねぇな」
「///そう・・・じゃあできるだけ見えないようにお願いするわね、独占欲の強い探偵さん」
「ハイハイわぁったよ、恥ずかしがり屋のお嬢様」
この数分後、哀は再び眠りについてしまい、コナンは下ろす気はなかったのだが、本当に下ろすことができなくなってしまう、そしてコナンはしっかりと哀を背負い、疲れや耳元で聞こえるカワイイ寝息の誘惑と戦っていた
「・・・そろそろ起きろよ、哀」
順番が次になったのでコナンは仕方なく哀を起こそうと声をかけた
「・・・うぅん・・・なによ?・・・」
「順番、来ちまったんだけど?・・・どうやらタイミングが良くて待ち時間が2時間で済んだみてぇだ」
「えぇ!?・・・私、また寝てしまったの?・・・ハァ・・・どうして起こしてくれなかったのよ、さすがに悪いから途中で降りるつもりだったのに・・・」
「ハハハ、あんまり気持ちよさそうにカワイイ寝息たててたから、起こしたくなかっただけだよ(それだけ信頼してくれてるってことだよな・・・)」
「///バカ・・・とにかく下ろしてくれない?」
「ああ、わかった」
コナンはゆっくりと哀を地面に下ろした、コナンもさすがに腰をねじったり肩をまわしたりしている
「大丈夫なの?」
「平気平気、それより次だぜ」
「(もう、あんまり無理しないでよね・・・)ええ」
「ハイ、前から100名様、大変長らくお待たせいたしました、あちらの入り口に進んでください」
哀とコナンはその他98人の客と一緒に迷路の入り口まで行き、係員から説明を受ける
「え〜迷路の中には各分野の高レベルと言われる八つの問題があちこちに置かれていますので、それらを時間内にできるだけたくさん解いて最後のクイズで必要とされるヒントを集めてください、なお、ヒントは各問題に対する答えの『頭文字』となっております、問題を解くのにはここにある『電子辞書』や『百科事典』などを使ってください、しかし、あまり問題を解くのに熱中していると、制限時間をオーバーして最後のクイズに参加できなくなってしまうので、時間配分のほうはお気をつけ下さい、では制限時間は1時間、さあ皆さんスタートしてください」
コナンと哀以外の客はさっそく調べる物を色々と持ち、迷路を進んでいった、しかしコナンはいつの間にやらあの探偵の顔になり、笑みを浮かべていた
「へぇ〜・・・おもしれぇじゃねぇか」
「・・・工藤君ならそう言うと思ったわ、『調べる物なんかいらない』って言いたいんでしょう?」
「ハハハ、やっぱバレてたか、別にいいだろ?『頼りになるのは頭脳だけ』・・・くぅ〜!こういう感じ、たまんねぇぜ」
「・・・全く・・・分かったわよ、工藤君がそう言うならそうしましょ(さっきの疲れはどこへ行ったのかしらね・・・クスクス)」
「大丈夫だって、絶対最後のクイズには残ってみせるからよ」
「ええ、じゃあ私たちも行きましょ」
「おう!」
名探偵は好奇心いっぱいで迷宮へと向かっっていった、愛しい人とともに・・・
「なんだよ、楽勝じゃねぇか」
「さすがね、名探偵さん」
「まぁ、なかなかいい問題だったけど」
コナンと哀は解くのが他の参加者に比べて数段早かったため、迷路の隅から隅まで問題を探すことができた、コナンは常人では辞書を使わなければ到底解けないような問題をスラスラと解いていったので、周りの者はもちろん、哀ですらも驚きを隠せなかった
「私もいくつかは分かったけど、すべて一瞬で分かるなんてね」
「まぁな、でも時間は結構かかったなぁ、後5分みたいだぜ?まぁのんびりしてたのも悪ぃんだけど・・・」
二人はゆっくりと歩きながらクイズ会場へと到着する、そして金属製の看板に『オメデトウ!この後出されるクイズは今まで集めたヒントを並べ替えれば答えになるよ』と書かれているのを見つける
「へぇ〜こういうことだったの・・・それで?答えの頭文字、ちゃんと覚えているのかしら?」
「当然だぜ、え〜と、『は』と『あ』と『べ』と『そ』と『い』と『こ』と『す』と『て』だ」
「・・・これだけじゃ、さっぱりね」
「まぁ、全部解いたんだから、これを並べ替えさえすりゃ答えになるんだろ?今までの問題よりずっと楽なはずだぜ」
「そうね・・・とりあえずさっき係員の人が『先着順にクイズの回答席に座れ』って言ってたから座っておきましょう・・・」
「ああ、そうだな」
司会者は最初に出てきたのが小学生二人組みだったため、前例がなかったのかさすがに驚いたようだ
その後、二人一組のチームと、三人一組のチームが時間ギリギリで到着し、三チームでの対決となった、しかしコナンと哀以外のチームはすべての問題を解いてきたわけではなかったようだ
「・・・しかし100人もいて最終ラウンドに残ったのがこれだけとはな・・・これじゃあ日本の未来が心配だぜ」
「あら、そのために工藤君や服部君がいるんじゃないの?」
「え〜それでは時間になりましたので、クイズをはじめます、今まで集めてきたヒントを手がかりに考えて、早押しで回答してください」
ここで司会者が説明を始め、会話が中断される
「クスクス、頑張ってね、工藤君」
「ハハハ、オメーもやるんじゃねぇのかよ?」
「では、迷宮王国最後の問題です、皆さんが集めたヒントを元に・・・8文字のビートルズの日本名の曲名を作ってください!」
どうやら他のチームはヒントが2つか3つだったのでかなり苦戦しているようだった、しかしコナンも・・・
「(何かと思ったら今までの問題よりはるかに幼稚じゃない・・・まぁ工藤君なら余裕でしょうね)」
しかしそんな哀の予想は次の一言であっさりと外れてしまう
「・・・び、びーとるず??なんなんだそりゃ・・・『曲名』って言ってたから・・・アーティスト名?そんなのあったか?」
「え!?・・・く、工藤君それ、本気で言ってるの?」
「ん?哀、オメー知ってんのか?なら他のチームに気づかれる前に何とか答えてぇんだ、教えてくれよ」
どうやらコナンの音楽についての知識は哀の思っていた以上に乏しいらしい、少しの間哀は両手を広げ、あからさまに呆れたという仕草を見せる
「・・・あのねぇ、こんなもの探偵としては常識問題よ?そこまで音楽ができなくて探偵務まるの?」
「分かんねぇもんはしょうがねぇだろ?・・・と、とにかく早く答えようぜ」
「・・・ヒントから考え付くビートルズの日本名の曲名っていったら『愛こそはすべて』しかないわよ、まぁ一般的に『ALL YOU NEED IS LOVE』って呼ばれているみたいだけど・・・考えるまでもないわ・・・」
コナンがすぐに回答ボタンを押した
「はい!Aチーム、どうぞ!」
「『愛こそはすべて』です!」
コナンはまた小学生のような口調で答えた
「正か〜い、今回はなんと小学生の二人組みが優勝です!」
「音楽の問題に正解出来てよかったわね」
「『哀こそはすべて』・・・か、///オレも思い切ったこと言ったもんだなぁ」
「え?何か言った?」
「///いや、なんでもねぇよ・・・ホラ、司会者が呼んでるぜ」
「?・・・ええ、そうね」
その後コナンたちは小学生ということで、なぜかノートとシャーペンと消しゴムをもらって『迷宮王国』を後にした
「ちぇっ、まさか大人と子供で景品が違ったなんてなぁ・・・大人だったら千円分の図書券だったのによ・・・」
「仕方ないんじゃない?今は小学生なんだから・・・それにしても、まさか工藤君があそこまで音楽に弱いとはね」
「苦手なもんはしかたねーだろ?・・・まぁでも、最後の問題、哀がいてくれて助かったよ、ありがとな・・・もし本当の事件の暗号なら迷宮入りしてたかもな」
「別に褒められるような事なんてしてないわよ?私の方こそ、迷路の問題、次々に解いて私を引っ張って行ってくれて嬉しかったわ・・・ありがと」
「オレたちって、やっぱお互いに弱い部分を補いあって一緒に生きていくのに向いてるんだよ」
「あら、それって遠まわしに『結婚してください』ってこと?クスクス」
「///そ、そうじゃねぇよ、そういうのはもっとちゃんと・・・」
「(本気にして・・・ホントにこの人って・・・)ねぇ、ところでまだ時間ある?」
「ん?ああ、あと40分くらいあるけど?どっか行きたいとこあるのか?」
「///あるにはあるんだけどね・・・でも・・・」
哀は少し恥ずかしそうだ
「なんだ?言ってみろよ、遠慮すんなって、オレたちの仲だろ?」
「・・・観覧車」
「え!?」
「///・・・な、なによ、一般的な流れから行くと最後はそこでしょ?・・・悪い?」
「なぁんだ、哀も同じ事考えてたのか、///実はオレも折角来たんだからそこに哀と一緒に行きたいなぁって思ってたんだよな」
「(そうだったの・・・)///じゃあ・・・連れて行ってくれる?」
「///ああ、いいぜ」
コナンと哀はお互いに顔を赤くしながら観覧車のほうへ向かって走っていった、今日のデートの終わりも徐々に近づきつつあった・・・
ガシャン!観覧車の係員が、空中をゆっくりと移動する二人の空間と外界との境界を仕切る、コナンと哀は隣同士に座った
「ふぅ・・・閉園時間が近かったから全然混んでなかったな、さっきのとは大違いだぜ」
「そうね・・・あの・・・ありがと」
「え?・・・何が?」
「今日、いろんな所へ連れて行ってくれて・・・ありがと・・・本当に楽しかったわ」
「・・・オレも哀とデートできて本当に嬉しかったぜ、こっちこそありがとな」
「工藤君・・・」
二人の間に少しの沈黙が続いた、そして哀が意を決したように口を開く
「ねぇ工藤君、確か今日のデートの条件に『私のほしいと言ったものをプレゼントする』っていうのがあったわよね?」
「ああ、そういやそうだったな、なんかほしいものがあるんなら言ってみろ、約束通りプレゼントするからよ」
「・・・ホントになんでもいいの?」
「ああ、オレのできる範囲なら何でもいいぜ」
「///じゃあ・・・キスはダメ?」
「///え!?」
「///それが私の今一番ほしいものだから・・・」
「哀・・・」
哀がその言葉を言うための勇気は、奥手な二人へ観覧車が送ったささやかな雰囲気というプレゼントから来たもの・・・
「やっぱり、ダメ・・・かしら・・・」
「・・・お前が・・・哀がそれを望むなら・・・オレは言う通りにする・・・」
「///じゃあ・・・お願いできる?」
「///分かった・・・」
コナンのその返事を聞き、哀はそっと目を閉じる、コナンは自分の指をわずかに動かすだけでも、いままでかつてないほどの勇気を必要とした、それは朝のタクシーの中での出来事、喫茶店でのあのジュース、映画館での頬へのキス・・・すべてが比ではなかった・・・コナンは理性が本能をすんでの所で抑えている状態のまま、優しく哀の唇にキスをした・・・
二人がお互いに相手の首に手を回し影が一つになっていた時間は約数秒、その数秒間というのは二人にとっ、とてつもなく長く感じられた・・・不思議と唇が触れ合った瞬間、双方の雑念は一切消えた・・・そして明らかに名残惜しそうに互いの影は離れた
「///・・・ありがと、本当に・・・」
「///こっちこそ、かけがえのない物、ありがとな」
相手の顔を見て再び湧き上がってきた恥ずかしさを必死に隠そうと反対方向に目線を逸らしていると、また哀が話を切り出す
「確か、あと一つだけ願い事が残ってたわよね?」
「ああ、何でも言ってみろ、絶対に叶えてやるからよ」
「///じゃあこれから下の名前で・・・『新一』って呼んでもいい?」
「・・・もちろん、喜んで」
「じゃあこれからよろしくね、///新一」
「(///・・・ったくカワイイ呼び方だぜ)じゃあオレも残ってた最後の『願い』を言うぜ・・・これからオレ達しかいないときは『志保』って呼ぶことにしてもいいか?」
「え!?・・・呼んでくれるの?」
「ああ」
「じゃあ、そうして・・・」
「分かった・・・それにしても案外最後の願いは二人とも同じようなこと考えてたんだなぁ」
「そうみたいね、似た者同士って事かしら?いろんな意味でね」
「ハハハ、そうかもな」
ここで再び外界との境界が消され、観覧車を降りなくてはならなくなったので、二人は係員に誘導されて観覧車から降りた、コナンと哀は観覧車からの夜景を見ることができなかったがとても満足した表情だった
「お!あと10分くらいで閉まるみてぇだ、急いで帰ろうぜ///志保」
「ええ・・・///新一」
「それから・・・///また来ような」
「///か、考えておいてあげるわよ・・・」
このとき二人の顔がほんのり赤くなり目線を逸らし合った事は言うまでもない
江戸川コナンと工藤新一、灰原哀と宮野志保、二人はこの二つの名前をそれぞれ両立させることを選んだ、お互いが真に幸せになるために・・・
|