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「もう泣くなよ」

 後ろを振り返って、葉は言った。
 握り合った、小さな手。

「泣いてばっかじゃ、何にもなんねぇぞ。何がそんなに悲しいんよ」

 その先に居るのは、葉王。葉の双子の兄、ハオだ。だが、啜り泣くその姿は到底、兄という感じではない。

「ひとりじゃねぇだろ?オイラが居るだろ?だからもう泣くな」

 な?と、慰めるように繰り返す。
 守ってやるから。
 葉は思っていた。
 自分以外に、兄を守ってやれる奴なんていない。
 長きにわたる、麻倉の陰陽道の歴史。その血筋ゆえに、尋常で無い力を持って産まれてしまった子供。
 その苦しみを、痛みを、判り得る人間など居るはずがないのだ。
 互いに、理解し合えるのは一人だけ。兄と弟、だけ。だから、守ってやる。それが出来るのなら、涙なんて流しはしない。
 少なくとも、ハオの前で葉が泣いたことは一度たりともなかった。
 「無邪気な子供達」に大切な絵本をずたずたにされても、捕まえたカブトムシを踏み殺されても。
 ハオの前では涙一粒こぼさなかった。どんなに心が泣き叫んでいても、葉はそれを曝け出すことは出来なかった。
 そうすることは、兄を守ると決めた葉にとって、禁忌のようにさえ感じられていたのだ。
 そんな弟を、ハオはちゃんと見ていた。寡黙で、あまり笑わず、いじめられてはすぐ泣きじゃくっていたハオ。
 いつも、葉の後ろで眼を潤ませていた。何を見ているのか判らない、何も見たくないと訴えているような眼。
 その瞳で、ハオはいつも見ていた。少し離れた所から、人知れず涙を拭う葉の後ろ姿を。しっかりと、その眼に焼き付けて。
 そう、双子は生きようとしていた。どんなに蔑まれても、互いが居ればそれでいい。
 だが、そうは言ってもまだ5歳かそこらの幼い子供。
 たった二人で生きていくには、彼らは小さ過ぎた。
 それでも葉は、信じていたのだ。
 自分達は、生きていてもいいのだと。



「帰れ!オバケは幼稚園に来んな!」
「お前らに近付くと、オバケになっちまうんだろ!」
「死ね!」

 加減を知らない、無邪気な子供達。
 確かに、彼らは無邪気だった。悪びれもせず、ただ己の欲望に、素直に従うだけなのだ。

「うあぁっ!!」

 思い切り蹴り飛ばされて、葉は身体ごと地面に倒れた。

「ホラ、どーしたんだよ。弟が死んじゃうぞ」
「へっ、お前、葉が居なきゃ何も出来ねぇんだろ」

 今度は、今にも泣き出しそうなハオに矛先が向く。

「さ……下がってろハオ……!オイラに任せとけ……」
「おにーちゃんを庇うってよ」
「こいつ、ぶらこんだぜ」

 覚えたての言葉を得意げに振り回して笑っている。
 葉はふと、彼らがこの上ないくらい、惨めな生き物に見えた。
 心のどこかが、急激に冷えていくのを感じた。

「……お前ら、恐いんだろ」

 自分でも信じられないほど、落ち着いた口調。
 葉の中で、何かが変わり始めていた。
 さっきまで威勢の良かった子供達が、明らかに気圧されている。

「な、に……?」
「オイラ達が、恐いんだよな。だからこんなことすんだろ。オイラ達が普通と違うから……」
「バァ――ッカ!!!」

 彼らの内の一人が、突然声を荒げた。と同時に、葉に掴み掛かる。それが合図だったかのように、周りも次々と先程の勢いを取り戻して怒鳴り出した。

「恐かったら蹴ったりしねぇよ!」
「何言ってんだぁ、こいつ!」
「違う!恐くないならこんなことしねぇはずだ!!」

 葉は叫んだ。
 何も恐くない。
 みんな、この力を恐れている。
 暴力や罵声で、必死に自分の弱さを隠してる。
 本当に弱いのは奴らの方だ。

「みんなそうだ。お前らも大人達も、みんな……恐いから!寄ってたかってオイラ達を!殺すつもりなんだ……!」
「こいつ、頭おかしいぜ」
「やっぱオバケだから頭狂ってんだよ!やっちまえ!!」

 突如として豹変した葉を、ハオはただ見つめていた。
 それはあの、涙拭う葉の後ろ姿を見ていた、その時の眼。
 怯えているのではなく、呆けているのでもなく。
 ただじっと、見つめていた。

「殺せるもんなら殺してみろ!出来もしねぇくせに!オイラ達は生きてやる!絶対、お前らなんかに負けんからな……!!」

 葉は強くならなくてはいけなかった。
 兄を守るため。
 たった一人の理解者を失わないために。
 けれど。

「ハオ!」

 その重みはもはや、自らを犠牲にしなくてはならないまでになっていたのだ。

「逃げろ!オイラのことはいいから!早く!」
「あっ!待て!」
「逃がすか!」

 ハオは弾かれたように走り出し、子供達は反射的にそれを追って行った。
 後には、ひどく殴られ、蹴られて、動くこともままならなくなった、幼い少年だけが残っていた。
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