「哀ちゃん、今日も来てないね」
ポツリと空いた、空席。
もう、4日目。
「やっぱりお見舞い、行きましょうか……」
「止めとけよ」
「なんでだよ?おめー、冷てーぞ」
「ビョーキの時は、女の子は人前に出たくないんだろ。女心なんだよ」
「……何、いきなり気味の悪い事言ってんですか?」
うるせー、と言ってコナンは読みかけの本を開いた。
数分もすると、外で遊ぼうとしきりに誘っていた元太もいつのまにか光彦といなくなっている。溜息をつきながら顔を上げると、歩美が立っていた。
「わ、歩美ちゃん、まだ居たのか」
「コナン君……」
「何?」
「ちょっと聞いていい?」
一言断るところが歩美らしい。
あまり気分は乗らなかったが、まさか駄目だとは言えないので、コナンは、いいよ、と返事をした。
「哀ちゃん……ホントに病気?」
「じゃ、ねーの?」
嘘だった。哀は何も言わないで、と言っていたらしいが、どうしても心配した博士から一度だけ電話があったのだ。
「コナン君、哀ちゃんとケンカしたままでしょ」
「……別にケンカなんか」
どうでもいいじゃねーか、と言いたげに、目を逸らす。
「ねぇ、コナン君ってさぁ……」
そんなコナンの様子を見て何か確信した、というか、決心した、という類の表情をして、歩美は少し躊躇いがちに本題を切り出した。
「哀ちゃんのこと、好き?」
「……え?」
一瞬、顔が引き攣ったようなきがして、慌てて平静を装う。
何を動揺してるんだ、オレは。
「なんでそんなこと……」
「哀ちゃん、きっとここに居たくなくなっちゃったのよ」
「……何だよ、それ」
「好きな人に、好きだって言ってもらえないのって、辛いんだよ」
「はは……あいつは別に……」
「時々、辛くて、悲しくて、どっか行っちゃいたくなる……哀ちゃん、いつだって悲しそうだった。普段は笑っててもひとりになると時々泣きそうな顔してた。いつもコナン君のこと見てたよ。わたし……知ってた……」
つまりそれは、哀が江戸川コナンを―――工藤新一を―――好きだということか?
しかし、何が彼女をこんなにも確信させているのだろう。哀の口から直接聞いたわけではあるまい。哀がそんなことを言う筈がない。ならば何故。
「……わたしも、同じだから」
続ける歩美の眼に、涙が浮かんだ。
「わたし、コナン君のこと……好きだから」
それは、コナンの疑問には充分過ぎる答えだった。
「でも判ってるの。わたしがどんなにコナン君を好きでも、コナン君はわたしを好きにはならないって」
「何言ってんだよ……」
「隠さないでよ。コナン君の好きな人くらい判るよ。それがわたしじゃないってことも」
「そんなこと……」
ないよ、とは言えなくて、言葉を切る。歩美の想いには答えられないのだ。そして彼女もそれを知っている。知った上で背中を押そうとしてくれている。前へ進むために。
「……灰原は、さ。多分、オレのことなんて大っ嫌いだよ」
誰かを好きだとか、愛するとかいう気持ちは、どうしてこんなに危ういんだろう。
移ろいやすいかと思えば、しっかり根付いてしまったりもする。
ただの人恋しさを、それと思ってしまうこともあるし、本当の心なんていつも見えない。
なのにどうして、こんなあやふやな感情が、胸の多くを占めるのだろう。
コナンは思った。灰原は。
灰原はオレを好きなんだろうか。
いや、好きだったのだろうか。
いずれにしても、もうそんなこと、微塵も思っていないはずだ。
だって、オレは何て言った?
あいつになんて言った?
灰原は多分、もうオレのことなんて大嫌いだ。
「でも、オレは……」
オレは。
ずっと、考えてた。
なんでオレは何も言えなかったんだろう。
なんで蘭は、突然不安に駆られたんだろう。
いつからオレは解毒剤を諦めた?
どうしてオレはあいつを疵付けるんだ?
あいつが憎いのか?
解毒剤を隠してた、あいつが。
嘘を吐いてた、あいつが。
どうして嘘を吐く?
ぜんぶ、話してくれると思ってたのに。
いつか全てを打ち明けてくれると。
なのになんで、おまえは嘘を吐くんだよ?
なんで………………。
「オレは、好きなんだ」
歩美が頷いた。何度も、何度も。
落ちる涙を拭おうともせず、何度も何度も頷いた。
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